(053)   Area 18 Deliberately 駆け引き

 --駆け引き--


 カイには男が一体何をが考えているのか、想像もできなかった。


 男がドアの向こうに消えても、カイにはドアの向こうから別の人間の声が聞こえてきていた。会話の内容はわからなかったが、話し込んでいるようで、すぐに戻ってくる様子はない。


 カイは状況を理解しようと、監禁されている倉庫内をくまなく調べた。しかし、家がまるまる一軒入りそうな広い空間には、ドアの横に立てかけてある二脚の折りたたみ椅子以外には家具も荷物も何もなく、部屋の床には釘一つ落ちていなかった。その上、すべての窓には真新しい鉄柵がついていて逃げ道はなさそうだった。


 窓の外にわずかに見える空は厚い雲に覆われていて太陽の位置もわからないため、方角や時間すらわからない。


(手がかりが少なすぎる。何か見逃してるものはないか?)


 カイは気持ちを落ち着かせてから、倉庫内をもう一度見渡した。床はコンクリートだが、壁と屋根はトタンでできているようだ。暖房設備もなさそうなので、夜には冷え込むだろう。


 床は既に冷たいが、さっきまでその床に倒れていた割には体力があまり落ちていない。そこから察するに、ここに連れてこられてからそれほど時間は経っていないのだろうと、カイは推測した。しかし、この場所を示す手がかりは見当たらない。


   ◇     ◇     ◇


 男がドアの向こうに消えてから三十分ほど経過した頃、男が再びカイのいる倉庫に戻ってきた。


「大人しくしてるようだな」


 男はドアの横に立てかけてある折りたたみ式のパイプ椅子を一脚掴みカイの隣に開いて置くと、ドアの手前まで戻り、残りの一脚をその場で開けて座った。男はその場から、鋭い目でカイを睨みつけた。


「まったく、相変わらず腑抜けた顔してやがる」

「僕をどうする気ですか?」


 男の挑発的な態度に、カイは椅子の隣に立ったまま、男の目を睨み返した。


「なんだ、前と違って、ちゃんと人の目が見れるようになったんだな」


 カイには男がすこし嬉しそうに見えた。


 薬の効き目が切れてきたのだろう、男の表情がはっきりと読み取れるようになってきた。男は声と態度から想像していたよりも、若いようだ。二十代半ばだろうか。いや、もしかしたら二十歳前後かもしれない。全身黒い服を着たその男は、背が特に高いとわけでがないが、目鼻立ちのはっきりした顔と威圧感が漂う雰囲気から、非常に近づき難く、実際よりも一回り大きく感じた。


「椅子に座ったらどうだ?」


 カイは男の目を合わせたまま静かに椅子に腰掛けると、さっきした質問を繰り返した。


「僕をどうする気ですか?」

「久しぶりだな、今までどこで何してたんだ?」


 男はカイの質問を無視して、まるで知り合いのように話しかけてくる。


「教えてください。あなたは誰で、何が目的なんですか?」

「世間話はしたくないか? まあいいさ」


 そう言いながらも、男は内心困惑していた。


(本当にわからないのか? まさか、記憶がどうかしたなんてことはないよな)


 カイの真剣な表情を見て、男は狐につままれたような気持ちになった。


(まるで別人になったみたいに、真っ正面から俺の目を見てきやがる。一体何がどうなってるんだ……)


「まあいい。そんなに知りたいんなら、お前をここに連れてきた理由くらい何度でも教えてやるよ」


 男は独り言のようにそう呟くと、平静を装ってカイの目を見返した。


「俺はかじ。お前を連れ去ってきた人間だ」

「僕は何も持っていません。僕から何を取ろうって言うんですか?」


 何かの間違いか、人違いでない限り、状況は結構やばそうだと思ったカイは身構えた。


「お前はただの餌。俺が欲しいもの手に入れるために使う餌だよ」

「欲しいもの?」

「そうさ、三年前にお前を餌にした時は詰めが甘かったが、今回はそうはならないさ。俺にはもう、失うものがないからな」


 そう言うと、舵はカイの目の前まで進み、椅子に座ったままのカイをまっすぐ見下ろし、目が焼け落ちてしまいそうに鋭い視線で、カイの目を覗き込んだ。

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