(070) Area 14 Doubt Identification
--Identification-- #海
店の中に足を踏み入れると——高く積まれた金属部品や機械の一部のせだろう——古い工場のような錆びた金属臭が鼻を突いた。
「おまえ、リクが
「いや、それはどうでしょうか……。リクさんとは昨日出会ったばかりですから、僕は信用なんてされていないと……」
僕は全力で否定したが、神作さんはまったく聞く耳を持たない。
「ちょっと待て、俺も届けてほしいものがあるんだ。すぐそこだから、お願いするよ」
必死の抵抗も虚しく、僕は結局店内に引きずり込まれていった。
「あの、神作さん。僕には配達なんて無理です。僕この街のことはまだよくわからなくて……。道も知らないし」
この人話を聞いてないんじゃなくて、聞こえていなんじゃないだろうか?
あまりに横暴な神作の態度に、僕は深くため息をついた。
「心配するな。配達先はすぐそこだ」
神作博士は封筒を上着の大きなポケットから出すと、そこに書かれた宛先を見せてきた。
「配達先、警察署じゃないですか! 警察署に届けるなんて。僕には無理です。身分を証明するIDカードもないし、まともな記憶もないし……。そんなところに行ったら、大変なことに……」
「とにかく、ちょっとこっちに来い」
神作の有無を言わさぬ態度に僕は観念して、僕は店の奥に入っていく神作さんについていった。
外から見た時、店幅が狭かったので、店内も狭いのかなと想像していたが、実際にはかなり奥行きが深く、想像以上の広さがある。コンクリートの壁は棚が据え付けてあり、商店というよりガレージのようだった。
「それにしても、身分を証明するIDカードもないし、まともな記憶もないか……。おまえ、ずいぶん正直なヤツだなぁ、ここらじゃそんなこと口にしたら、
物が散乱しているカウンターまでくると、神作さんはリクさんからの封筒を開けて、真っ白なカードを、パソコンにつながっているカードリーダーに差し込んだ。何かをキーボードで打ち込んだり、僕には理解できない機器の配線を確認したり、とにかく慌ただしく作業しながら、リクさんからの封筒に入っていたメモにも目を通している。
「ここが俺の研究室だ。簡単に入れるなんて、おまえは運がいいぞ」
「神作さんは何かの研究をしているんですか?」
「研究室を持ってるんだ。研究してるに決まってるだろう。俺は科学者だ!」
神作はスクリーンを食い入るように見つめて、映し出された情報を解読している。
「んー。ID番号——Social Security Number——は、19112085-10087。名前は……」
「あの、神作さん。何を調べているんですか?」
神作は画面に映るの情報に気を取られているようで、僕の声は届いていない。白昼夢でも見ているのかな? この人、本当に大丈夫なんだろうか。
そんな僕の心配をよそに、神作博士はゆっくりとカウンターの奥の棚に向かい、赤いケーブルを手に戻ってきた。僕の気のせいかもしれないが、神作博士は気丈に振るまっているようで、実はかなり動揺しているように思えた。
「これだ。このコードで動くはずだ」
カウンターの下から全体が青く光る小さな箱型の機械を取り出すと、コードを使って機械とパソコンにつなげて、僕に向って言った。
「ここに手を
困ったような、楽しんでいるような、どちらとも言えない微妙な表情をしながら、神作博士はパソコンの画面をまた覗き込んだ。
しかし、しばらくすると、さっきまでの騒がしく明るい声とは対照的な落ち着いた低い声で「ちょっとまってろ」言うと、何やら独り言を言いながら、棚の横にあるドアを開けてその中に消えていった。
◇ ◇ ◇
物で溢れかえったガレージのような研究室に、一人残されてしまった僕は、心細く、ひどく戸惑っていた。神作博士はなかなか戻ってこない。部屋の中を見回していると、背後にある棚からコトっという物が落ちるような音がした。
「レインかな?」
振り向くとそこには大きな毛の長いオレンジ色の猫が、ノシノシ歩いていた。尻尾を下げたままゆっくりと僕に近づいてくる。
「ミャー」
「君は誰? 神作さんの猫なの?」
猫は自己紹介をするように鳴き続けている。この辺りに住んでいる動物たちは、みんなおしゃべりなのかな?
猫が足元にすり寄ってきたので、僕はその場にしゃがんで猫を撫で始めた。ずいぶん人懐っこい猫のようで、気持ち良さそうにその場に寝転がると喉をゴロゴロ鳴らし出した。
◇ ◇ ◇
数分後、手に何か持って神作博士が戻ってきた。
「ほいよ」
「これなんですか?」
ガラスのように硬く透明な素材に、傷をつけたように文字が浮かび上がっている。そこに浮かび上がった文字は、古代文字のようで、カイには読めなかった。神作博士はそのカードを僕に渡してきた。
「もう一回ここに左手をかざして。それから、カードを挿して」
キ、キーーーーーーー、耳をつんざくような音が響き、僕は右手でこめかみを押さえた。
「何ですか、この音?」
「これで行けるぞ」
僕の問いかけを完全に無視して、神作博士は満足そうにパソコンの画面を見ながら頷いている。
「行けるって? 誰が、どこへ?」
困惑しながら問う僕に神作博士は答えた。
「おまえが、配達に、だよ。
「鷺沼カイ?」
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