(071) Area 14 Doubt 博士
--博士-- #海
僕は今、DA2にあるリクさんの家にいる。
リクさんのことも、この家の場所も、詳しいことは何もわからない。
けれど、どこにいても、どんな状況でも、お腹はすくもので、散らかったテーブルの端に置かれた椅子に腰掛けると、リクさんが作ってくれた朝食を、僕はありがたく頂くことにした。
ベークドビーンズとスクランブルエッグにベーコン。うん、なかなか美味しい。
平和な時間が流れるかと思いきや、リクさんが突然、椅子から勢いよく立ち上がった。
「そう言えば、私、十時になったら
リクさんはそう言いながら封筒を差し出してきた。
「これ、よろしく」
「え?」
「この建物の一階にある店よ。店舗の入り口は道路沿いにあるから、一度建物から出てね」
「僕が渡すんですか?」
「そのほうが話が早いのよ。博士はまだ寝てるから、私はすぐにはいけないし。ごめんね。四時には戻れるはずだから、配達が終わったら私が帰るまでレインの世話でもしといて」
「話が早いって、どういう意味ですか? あの……」
僕の言葉を聞いているのかいないのか、リクさんは返事もせずにあっという間にリュックを抱えて部屋から出て行ってしまった。
僕があっけにとられていると、バタバタと足音がして、リクさんが部屋に戻ってきた。そして、小さな何かを僕に向かって投げてきた。僕は反射的に伸ばし、両手でその小さな何かをキャッチした。
「スペアキー渡すの忘れてた。アナログの鍵だけど持っといて、ちゃんとドアに鍵かけて出かけてね!」
言いたいことだけ言って、僕に発言する隙も与えないまま、リクさんは瞬く間に去っていってしまった。
「アン、アン!」
レインがこれ以上楽しいことはないというように、嬉しそうな表情で尻尾をはちきれそうに振って僕を見上げている。
「きみの相棒はいつもあんな感じなの? この封筒、本当に僕が渡さなきゃいけないのかな……」
◇ ◇ ◇
リクさんがで出かけてから、どうすべきか悩んでいたら、あっという間に三十分ほど経ってしまった。もうすぐ十時になる。僕はなんとか勇気を出して立ち上がると、鍵と封筒を持って玄関に向かった。
待ちくたびれてソファーの上で寝ていたレインが勢いよく起き上がると、僕の後をつけてきた。
「君も来るかい? 神作さんのところに行くんだよ」
レインは僕が行った言葉を理解したのか、玄関に先回りするとドアの前で僕を「アン」と呼んだ。
玄関のドアを開けると、壁も床も灰色の廊下が左右に伸びていた。レインは僕に道を教えるように、何度も振り返りながら廊下を歩いていく。
エレベーターの前まで来ると、エレベーターのドアには大きく『4』と書かれていた。
僕がエレベーターのボタンを押すと、レインは振り向いて『そこじゃないよ』とでも言うかのように僕を見ると、さらに廊下を進んでいく。そして、廊下の突き当たりにあるドアの前で振り返ると、僕を待つように座り込んだ。
「わかったよ」
僕はレインの待つドアまで来ると非常階段と書かれたドアを開けた。
「本当に階段の方がいいの? 四階だよ」
僕の言葉を無視して、レインは勢いよく階段をかけ降りていく。三階まで降りた時に、どこかでガコンという音がした。
「レイン、今のなんの音だろうね」
一階まで降りると、エレベーターの前に住人が集まっていた。二階と三階の間でエレベーターが止まってしまったようだ。レインが自慢げな顔で階を見上げている。
「君にはこうなるとわかってたんだね。賢いな」
僕はレインの頭を撫でた。
レインに続いて建物の外に出てから、振り返り建物を見返すと、リクさんの言っていたとおり一階は店舗になっていて、日に焼けて文字が消えた看板が店の入り口の上に掲げられていた。
なんの店なんだろう?
不安になる僕をよそにレインが店舗の引き戸を前足でコンコンと叩く。
「こんにちは。すみません……」
僕の声が小さすぎたのか、それとも中に誰もいないのか、反応がない。よく見ると戸には鍵がかかっておらず、戸と戸枠の間に隙間が少しだけ空いている。
戸をゆっくり引くと、僕の足元をすり抜けるようにして、レインが勢いよく店の中に入っていってしまった。
「レイン、ちょっと待って……」
僕が中に入ることを躊躇していると、店の中からガシャガッシャーンと何か崩れるような音がしてきた。
どうしよう、レインは大丈夫かな?
店の中を覗くと、金属部品や機械の一部のようなものが床中に散らばっていた。そして、散らばった物の間を縫うように進むレインの尻尾が揺れているのが見えた。
こっちは心配してるって言うのに、なんてのんきなんだろう。
レインが崩してしまったのは金属の山の一部のようだ。僕にはそのほとんどがスクラップ工場から手当たり次第ものを集めてきたような、ただのガラクタにしか見えなかった。
その金属の山が崩れた勢いで、小さな部品がいくつか僕の足元まで転がってきた。
店の中は窓がないのか、昼間なのにかなり薄暗い。
「あーーーーー、せっかく見つかった無線のパーツが……」
店の奥から悲痛に満ちた声が響いてくる。
「すっ、すみません……」
僕が謝ると同時に、声の主が姿を現した。
「おー、よかった。ここにあったか」
男は僕の足元に落ちている石のような黒く小さな塊をしゃがんで拾うと、僕を見上げた。その男はまるでどこか別の世界から現れたような妙な格好をしている。
左目に小さな双眼鏡のようなもの(決してモノクルではないもの)をつけて、無精髭を生やし、若干赤みがかった癖のある髪はボサボサで寝癖だらけだった。極め付けに、足首まで届きそうな長い
男はボサボサの髪を右手でクシャクシャと掻きながら、こっちに向かってやってきた。
若いのか年取っているのかまったくわからない。
年齢不詳っていうのはこういう人のことを言うのかな?
この人が神作さんなのだろうか?
僕が店の中に入ることもできずに男を凝視して固まっていると、焦点を合わせるように目につけた双眼鏡のようなものを外して、僕の目を覗き込んできた。
「なんなんだおまえは?」
焦点が合わない。目が悪いのだろうか?
「もしかして、どこかで会ったか……?」
それ以上何も言わず覗き込む男の視線に、僕は居心地が悪くなった。
「あの、神作さんですか?」
「ああ、神作は俺だ。お前は何者なんだ?」
「僕はこの封筒を渡すようにリクさんに頼まれた者で……。えっと、これを渡したらわかるって」
僕が持ってきた封筒をあわてて差し出すと、男は封筒に書かれた文字を食い入るように見た。
「うん? あぁ、リクからか……」
男は封筒に書かれた文字を見て、事情を理解したらしく、僕を店内に手招きした。
「あー。待ってたぞ。気づかなくて、すまなかったな」
さっきまでと違って妙に馴れ馴れしい態度に、なんだか妙な鳥肌がたった。
「まあ、細かい話は中に入ってからだな。入れ入れ!」
あまりにも奇妙な男の雰囲気に、これ以上長居しては何が起こるかわからないと直感的に感じた。
「では、僕はこれで」
僕は小さく呟いて、すぐさまその場を立ち去ろうと店を背にした。が、しかし、一歩踏み出したと同時に肩をぐいっと掴まれ、店の中に連れ込まれてしまった。
「えぇ?! ちょっとまってください」
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