第9章 妹の記憶を壊された兄と一番の被害者

(056)   Area 18 Deliberately 突然の依頼者

 --突然の依頼者--


 カイが気を失った数分前。


 配達向かったリクは、アパートの一階の駐車場の向かいながら、さっきカイを肩に担いで歩いている時に感じた妙な気配について考えていた。


(気のせいだといいけど、公園で休憩する前から誰かに見張られていたような気がする。カイは歩くのに必死でまったく気がついてない様子だったけど、感じた目線は一人や二人のものじゃなかった。少なくとも四、五人はいたんじゃないかな。私が突然誰かに狙われるとも思えないし、狙われているのは十中八九カイだと思う。

 一体カイって何者なの?)


   ◇     ◇     ◇


 リクはアパートの駐車場から出ると、バイクに乗って依頼先に向かって走り出した。普段は自動運転を使わないリクだか、今日はどうしても運転に集中できなくて、半自動のセーフティーモードに切り替えた。



 配達は隣町にあるなじみのレストランからの依頼で、小一時間もあれば終わる仕事だ。ついさっき、レストランに急な予約が入ったらしく、追加の食材を配達してほしいとのことだった。


 レストランのオーナーは私が一人で生活し出した時から仕事をくれている。配達業務だけでなく厨房で食器洗いや料理の準備を手伝うこともあり、いつも良くしてもらっている。



 アパートにカイを一人置いてくることに、少しも不安を感じなかったと言えば嘘になるが、それでもリクはどうしても配達に行きたかった。なぜなら、タキさんの家の廊下で、タキさんとカイの姉だという人の写った写真を見た時から、頭の中で引っかかっていることがあったのだ。


 写真とは雰囲気が少し違うような気はしたが、カイの姉だと言う女性の顔を配達中にどこかで見たことがある。そんな気がしてならなかった。ただ、配達中に見たといっても、いつ誰にした配達かはさっぱり思い出せないので、闇雲に配達に行っても思い出せる保証はない。


 けれど、何かを求めている時には、じっとしているよりも動いたほうがいいと、リクはいつも信じて行動していた。だから、さっき電話がかかってきた時にも、疲れてはいたけれどアパートでゆっくり休んではいられなかったのだ。


 それになぜか、配達の依頼を断ってしまったら、せっかくの手がかりが消えてしまいそうで、いてもたってもいられなかった。



 チャンスは逃したら二度と手に入らない。

 やらずに後悔するより、できる限りのことすべきだ。



 それは、リクがいつも心の中で繰り返し唱えている言葉であり、苦い記憶を呼び起こす言葉だった。どんな時も、後悔することが何より怖かった。


   ◇     ◇     ◇


 市場に向かってバイクを運転中のリクに、レストランから買い物リストが添付されたメールが届いた。メールを音声再生しながら、坂道を下る。坂道が終わって郵便局のある角を左に曲がれば、運河沿いの市場に着く。


(買ってくる物、結構多いな。まあ、ギリギリ運べなくはなさそうだけど。相変わらず無茶言うなぁ)


 買い物リストには、三十を超える品物が書かれていた。


(急いで買い物済まさなきゃ、ディナーメニューの準備に間に合わないな……)


 考え事をしているリクをよそに、半自動のセーフティーモードで運転中のバイクは、坂道を下り終えると左に曲がった。その瞬間、リクの被っているヘルメット内側についているスピーカーからヂ、ヂヂという雑音が聞こえた。そして、耳鳴りのようなキーーーーーーンという音とともにバイクがふらつき、リクはバイクから振り落とされた。




「痛ったい」




(誰かにぶつかったかも)




 バイクがふらついた時に正面からの衝撃はなかったが、自分が感じなかっただけかもしれないと思い、リクは辺りを見回した。しかし、リクの周りにもバイクの周りにも、不思議と障害物になるような物や人は何もなかった。道路にも凹凸はない。


 リクはゆっくりと手をついて立ち上がり、倒れたバイクに向かった。不幸中の幸いか、バイクもリクも擦り傷程度で済んだようだ。


(それにしても、セーフティーモードにしてたのにどうしてバイクは倒れたんだろう?)


 リクはバイクを起こしてまたがると発進させようとした。


 その矢先に、前方から封筒を持った若い細身の男が現れた。男は郵便局に向かって歩いていたが、郵便局が閉まっているのに気がついて途方に暮れているようだ。ひどく動揺しているようなので、リクは気になって男に声をかけた。


「大丈夫ですか?」


 リクに話しかけられて、男は少し驚いたようなそぶりを見せたが、目線を合わせるのが苦手なのか、肩を見るように目線をずらしながらリクの方に向いた。


「あの、この郵便局は今日は休みですか?」


「土曜の午後は休みですよ」


 リクはこの郵便局の配達をたまに手伝うことがあるので、営業時間は頭に入っていた。


「困ったな、急いでこの封筒を送らないといけないのに……」


 男はシャッターが閉まった郵便局に目をやり、ため息をついている。


「あの、私フリーで配達しているライダーなんですけど、よかったら配達しましょうか?」


 男は少し迷ったようなそぶりを見せたが、封筒を差し出してきた。


「今日の午後五時までに届くように配達できますか?」


 リクは封筒に書かれている住所をスキャンして検索してみた。


(今日の午後五時か……。ん? なんか違和感がある。なんだろう? 違和感の正体はわからないが、配達時間に問題はなさそうだ)


「あの、間に合いますか?」


 男は不安そうにリクの返事を待っている。配達先はここからバイクで飛ばして一時間程度の距離だった。今はまだ一時前なので、レストランの食材を市場で買って配達してからでも余裕で配達できる。


「はい、間に合いますよ。配達追跡サービスは必要ですか?」


「えっと、本人に手渡してもらえますか? 今日中に確認してもらいたい資料が入っているんです」


 リクは渡された封筒の差出人欄を見た。住所と会社名、そして電話番号が記載されている。


「わかりました。もし本人が不在だった場合は、封筒の裏に書いてある電話番号に連絡してもいいですか?」


「はい、お願いします」


「あの、配達代はこれでいいですか?」


 そう言いながら、男は相場の二倍のお金を差し出してきた。


「十分です。では、私の連絡先はここですので、何かあったらご連絡ください」


 そう言うと、リクはさっき検索した住所をナビに登録し、男に名刺を渡すとバイクにまたがった。


「お願いします。本当にありがとうございます」


 男は目を伏せたまま、お礼を言うと去って行った。


「こちらこそ、配達依頼ありがとうございます!」


 男の背中に向かって挨拶をすませると、バイクを発進させ、リクは市場に向かった。


   ◇     ◇     ◇


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