(055) Area 18 Deliberately 突然の依頼者
市場は混んでいて、すべての食材を揃えるのに思ったより時間がかかった。リクは両手に食材の入った段ボール箱を抱えながら、足早にバイクを駐めてある市場の駐車場に向かった。
バイクの後方に段ボール箱を固定すると、リクはレストランに向かってバイクを発進させた。セーフティーモードの使用中に転倒した原因がまだわかっていないため、リクは通常のマニュアル設定で運転することにした。
さっき転倒した曲がり角に来た時には、スピードを下げていつになく注意しながら走ったが、特に何の異常もなくバイクは走り続けた。
(本当に、さっきはどうして転倒したんだろう)
レストランに着くまでバイクは正常に動いていたが、リクは不安を拭いきれずにいた。
◇ ◇ ◇
「こんにちは、
勝手知ったるレストランの裏口で、店長兼シェフの名前を呼ぶと、特にノックもせずにリクは食材の入った段ボール箱を抱えて、店内に入っていった。
「ありがとう、リク。本当に助かるわ! 突然大きな予約が入ってね。断ろうかとも思ったんだけど、どうしてもって粘られて」
店の厨房に柔らかな声が響く。彼女は長髪の背の高い細身の女性で、一人でこのレストランを切り盛りしている。普段は下ろしている綺麗な黒髪を、仕事中は頭の上に結わえて綺麗なお団子にしている。
「いつもの場所に置きますね」
食材の入った段ボールを抱えて、リクはキッチンの奥にある冷蔵庫の隣に設置された作業机に向かうと、作業机の上に段ボール箱を置いて、駒井の方に振り向いた。
キッチンの真ん中にある調理用の広い
「いい匂いですね。お腹すいてきちゃった」
「今日のまかない料理は、ちょっとスパイスの効いたキノコソースのパスタよ。リクも食べてく?」
「はい! いただきます」
駒井の誘いの言葉を待っていたかのように、リクは即答で返事をすると、厨房の端にあるハイチェアーに腰掛けた。
「冷めないうちにどうぞ!」
駒井はしなやかな手つきでパスタを皿に盛り、きのこソースをパスタにたっぷりかけると、リクの目の前にあるカウンターに皿を置いた。
「いつも通り、具を多めにしたからね!」
ガーリックとオレガノの匂いがたまらなく食欲をそそる。
「あー、おいしそう。いっただきまーす」
早速パスタを食べ出したリクの様子を、駒井は満足そうに眺めている。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、作った甲斐があるな」
「ほんとに、すっごくおいしいんです!」
リクが変に念押しするので、駒井は少し笑うと、リクが配達してきた荷物を開けて、食材を確かめだした。
「リクはどんどん目利きが良くなるわね。毎日配達を頼みたいぐらいだわ」
駒井は目線を食材に戻すと、食材を冷蔵庫に入れていく。
「いえいえ、まだまだです。でも楽しくはなってきました」
「よかった。じゃあまた頼むわね」
「はい!」
◇ ◇ ◇
「ごちそうさま!」
数分後、リクは瞬く間にパスタを完食し、食器を食器洗い機に入れた。
「駒井さん。ちょっとお願いがあるんですけど、今いいですか?」
駒井は壁にかかった時計に一瞬目をやって時間を確かめた。
「そんなに時間がかからないならいいわよ」
「多分十分もあれば終わると思います」
リクが頼みごとをするのは稀なので、よっぽどのことかと思い、駒井は調理中の手を止めると、濡れた手を布巾で拭いながらリクの方に振り返った。
「どうしたの?」
「バイクの調子を見てもらいたいんです」
「バイクって、いつも乗ってるリクのバイク?」
「はい。今日セーフティーモードで走ってた時にバランスを崩してこけちゃって。もしかしたら、どこか調子が悪いのかもと思って」
「セーフティーモードでこけたの? 気になるわね。いいわ、今すぐ調べてみましょう」
駒井の本職はシェフだけれど、車やバイクの整備士になれるほどの知識も持ち合わせている。実家が整備工場を経営しているらしく、人手が足りない時に手伝えるように資格も取ったらしい。
二人は早速裏口から出て、バイクの横まで来た。
「ちょっと鍵貸してくれる?」
リクが鍵を渡すと、駒井は慣れた手つきでバイクを点検し始めた。一通り点検を終えると、駒井は首を傾げた。
「機械的な損傷はないみたい。どうして転倒なんてしたのかしら……」
リクはバイクが転倒した時の状況を説明したが、駒井さんは事の経緯に納得がいかないようで、腕組みをしてバイクをじっと見ている。
「リク。転倒した時、何か変わったことが起こらなかった?」
「変わったことか……。そう言えば、曲がり角のところで、ヘルメットのスピーカーから妙な音がしたんだった」
「妙な音って?」
「確か、ヂ、ヂヂって。その音が聞こえたあとに、キーーーーーーンって耳鳴りみたいな音がしたはず」
「電波障害かな? 何か余計なものが干渉したのかも」
「電波障害か……。確かに、ありえるかも」
「でも、ソフトウェアに異常があるのかもしれないから。……なんていったっけ、リクのアパートの一階にある店の人」
「神作博士?」
「そうそう、神作さんに調べてもらった方がいいかもね」
「そっか。そうね、その方がいいかも」
「とにかく原因がわかるまでは、自動運転や半自動運転はやめて、マニュアルで運転したほうがいいと思うわ」
「私もそう思います。でも、駒井さんのおかげでソフトウェア以外は問題ないことがわかって、安心しました。ありがとうございます」
「いいの、いいの。たいしたことしてないんだから」
リクにお礼を言われ真っ赤になった顔を隠すように、駒井は小走りで裏口からキッチンに戻っていった。彼女は料理以外のことで褒められると、いつもどこか居心地が悪くなってしまうのだ。
リクは裏口から中を覗いた。時計を見ると、もう三時二十五分だった。
キッチンでは駒井が料理を再開している。
「駒井さん。今日は他にまだ配達があるので、もう行きます」
「そうなの? 気をつけてね。急なお願いなのに引き受けてくれて、本当にありがとう!」
駒井さんは、一瞬振り返るとリクに手を振り、またすぐに調理に戻った。リクは裏口の戸を閉めると、深いため息が出てきた。今になって今朝からの疲れが出てきたのだろうか。
(とにかくこの封筒の配達が終わったら、落ち着いてカイのこれからのことについて考えなきゃ)
リクは気を取り直しバイクにまたがると、運転モードがマニュアルに設定されていることを確認し、ゆっくりとバイクを発進させた。
走り出してしばらくすると、リクは肌寒さを感じた。風が少し冷えてきたようだ。
「私が引き起こしたことだもの。何とかしなきゃ」
リクはカイの身の上や事情を考えずに、夜の街の片隅に身を潜めるようにうずくまっていたカイを、自分の身を守るために利用したこと、結果的にはDA3からDA2に連れてきてしまったことに責任を感じていた。
リクの重たい気持ちとは裏腹に眼前に広がる空は晴れていたが、背後で雲行きが怪しくなっていることにリクは気づいてもいなかった。
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