(025)   Area 27 Things that I wanted KAI KADOSAKI

--KAI KADOSAKI--#カイ


「困ったな」


 北田さんの手が止まった。


「何かトラブルですか?」


「農場の開門をする前の段階で完了していなければならないマイクロチップの無効化が、いまだに完了していない」


「マイクロチップの無効化が完了しないと、どうなるんですか?」


「MCPが運河に架かる橋を渡ろうとすると、セキュリティーシステムが発動することは知っているだろう? 現時点では、政府の中枢のありとあらゆるシステムがダウンしているから、何も起こらないけれど、政府のシステムが回復した時点で、MCPが橋を渡ろうとしたり、DA1・2にいると、セキュリティーシステムが作動して建物内に隔離されたり、行動を追跡されたりする。ひどい場合には不法侵入しているとみなし催涙ガスを噴射されたり、死に至るような事態が発生することもあり得る」


「そんな……」


「僕らが生まれた時には、とっくに世界中が監視社会と化していたけど、マイクロチップでの管理はやりすぎだよ」


 北田さん険しい表情を見せた。


「カイ、もう一台のノートパソコンが僕のカバンに入っているから、君は街の様子を調べてもらえるか?」


「はい。えっと、でも、博士に見つからないでしょうか?」


「博士? 神作さんならDA2の家にいることを、数分前にミエが確認して、連絡してきたよ」


「あの、僕がネットワークにアクセスできる状態になると、博士に居場所を突き止められてしまうかもしれないんですが、それでもネットワーク遮断カードから離れて、インターネットパソコンを起動しても大丈夫ですか?」


 柏原さんは、少しだけ考えるような表情をしてから、僕に確認してきた。


「……そうか、博士は君の目に埋め込まれたレンズにアクセスできるんだったね。半径五キロ以内に博士が来ない限り、ネットにアクセスしても君の居場所は博士にばれないよね」


「はい。リクからそう聞きました」


 北田さんはパソコンの画面に地図を表示させると、少しの間無言になった。


「カイくん。博士の家はここから二十キロ近くは離れているし、博士がこのエリアに近づく理由がないから、まず検知されたりしないだろう。トキさんの家や船引さんの工場もここから五キロ以上離れている。万が一、君がここにいることが博士にバレたとしても、街中がパニックだから博士がここに辿り着くまでに最低一時間はかかるだろう。

 それに、マイクロチップの無効化を完了して、予定通りに計画が実行されていることを確認でき次第、私たちはここを出ていくから、移動する時に再びネットワークを遮断すれば、姿をくらますことができる。だから大丈夫だよ」


「わかりました」


 僕は北田さんのカバンを開けて、ノートパソコンを取り出すとそこに書かれていた文字を見て絶句した。


「これって!」


 ノートパソコンには『KAI KADOSAKI』と書かれたステッカーが貼られていて、その下に国立第四脳科学研究所と刻印が入っていた。


「僕のパソコン?」


「ああ、ミエと私と一緒に研究所で働き始めた直後に、君は姿を消したんだよ。このパソコンは君が行方不明になってから、私がずっと研究所の許可を得て預かっていたんだ」


 僕はパソコンを起動させた。パスワードの代わりに、指紋と顔認証でログインができた。

 門崎カイ……。

 記憶を失う前の僕である門崎カイは、うみと呼ばれていた僕が想像していたような、犯罪を犯して人生が狂ってしまった人物とは、かなり違う人間だったようだ。


 早速、ネットで街の状況をニュースなどで検索する。さまざまな情報が飛び交っている。最新の記事を何枚か読むだけでも、大変なことになっているのがわかる。

 情報の波に呑まれそうだ。今になって僕はやっと、今日のこの計画がDA3の歴史を塗り替えていることを実感した。


 ネット上に情報が溢れかえり、混沌としている街。

 信号が点灯しないDA1で、渋滞に巻き込まれ帰宅できない人。

 農場の監視カメラ映像が公開され、そこに死んでいたはずの家族や婚約者、親友を見つけDA3に向かっている人。

 政府関連施設がダウンし、国としての機能が麻痺していると伝えるマスコミ。

 記憶制御を解く薬を受け取り、薬を飲む人

 薬に関する情報を疑い、ネット上にコメントをする人。

 すべては政府が仕組んだことだと疑う人。

 世界の終わりだと嘆く人。

 すべての始まりだと喜びの声をあげる人。


 たった一時間ほどで、長い期間を経て作り上げられてきた世界が崩壊していく。

 誰のための涙かはわからないけれど、僕の頬には涙が伝っていた。



「北田さん。僕はこの計画に長い間ずっと関わってきたんですか?」


「そうだよ」



 ことの大きさに身を隠したくなった。否定して欲しかった。僕は、食堂にいた頃の、何も知らない、ただのうみに戻りたかったんだと思う。けれど現実は、僕の思いとは真逆の方向にどんどんと変わっていく。



「カイくん、君が望んだことだ」



 北田さんの口調は冷たくも温かくもなく、ただ事実を述べているようだ。一瞬時が止まったように空気が張り詰めた。僕には自発的で行動的な自分の姿を思い浮かべることができない。


「僕が望んだこと……」


「そうだね。計画にはたくさんの人が関わっているけど、舵に協力すると言って、実際に行動に移したのは君が一番早かった」


 自分のしたことが恐ろしくて仕方がなかった。商店街のアーケードに吊り下がっている電灯の光が、窓の外でチカチカと瞬いている。その光が目に入ってきて、過去に引きづり込まれるような感覚に襲われる。なんとか気持ちを立て直そうと、目を閉じて、ゆっくりと開いた。


 僕はただ、今日の計画が成功して、できる限り多くの人が幸せになれることを祈っていた。


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