(068) Area 14 Doubt 計略
--計略-- #海
神作博士がくれたアプリは確かに使いやすく、目的までの情報が、事細かく僕の目に埋め込まれているレンズに映し出された。僕にはまるで、それらの情報が道路に実際に表記されているかのように見えた。
「『この道をまっすぐ進んで次の角を左に曲る』か」
平日の午前中なのに、通りはガランとしていて人通りがなく、まるで『世界の外に一人放り出されたのでは?』と思うほどだった。
「静かだな」
まるで、誰もいない世界みたいだ。
しかし、突然その静寂を破るように、レンズに映し出される文字や看板などの情報が真っ赤になり、警報音が鳴り響いた。
後方に誰かいるようだ。振り返ったが僕の反応が遅く、通りがかりのバイクの運転手が、封筒をひっつかんで奪い取っていってしまった。
えっ、何で?
「待ってください。その封筒には、には……」
何が入ってるんだっけ?
もしかして、僕は犯罪まがいのことを手伝ってるのか?
僕は一瞬途方にくれたが、レンズに封筒の位置情報が映し出されていることに気がついた。とにかく神作博士に連絡しないと!
そう考えた瞬間、僕の意識を読み取ったのだろう、レンズに、『神作博士に電話をかけますか?』と表示された。
心の中で『かけてください』と返事をすると、呼び出し音が鳴りだした。
一分ほど呼び出し続けても、神作博士は電話に出ない。諦めた僕はそのまま博士に電話し続けるようにアプリを設定し、封筒を追うことにした。封筒を示す点が五百メートルほどは離れた位置で点滅している。
何であの封筒は盗まれたんだろう。ひったくりが偶然ここを通りかかったのなら、普通バッグとか財布とかもっと金目のものをひったくるんじゃないだろうか?
もしかして、あのバイクの運転手は、封筒の中身を知っていて、奪っていったんだろうか?
◇ ◇ ◇
しばらくの間、全速力で走って、盗まれた封筒の位置を示す点滅を追ったが、相手がバイクでは追いつくどころか、距離がどんどん広がっていく。
走ってるだけじゃ追いつけるわけない。どうしたらいいんだ。もう、三キロ以上離れたところに封筒は移動してしまっている。
電車やバスを使って追いつけないものかと考えてはみたが、もしあったとしても、お金がないので乗れない。
息も切れ切れに走り続けていると、封筒の位置を示す点滅の動きが、なんの前触れもなく止まった。
目的地に着いたんだろうか? とにかく、停止しているうちに追いつかないと!
僕はほぼ無心になって、停止した封筒に向かって走り続けた。
あと、二百メートルほどで封筒に着く。
封筒は相変わらす同じ位置で止まっている。もしかして、ひったくりは中身が金目のものじゃないとわかって、封筒をどこかに捨てたのかもしれない。
その時僕は不思議なことに気がついた。僕の向かう先に警察署の看板が見える。アプリで封筒の位置を示す点の場所を拡大すると、警察署と表示された。封筒はどうも警察署内にあるようなのだ。
もしかして、さっきのひったくりが警察に捕まったのか?
それとも、誰かが拾って落とし物として届けたんだろうか?
動揺しながらも、走り続け、あっという間に点が示されている警察署にたどり着いた。警察署は二階建ての小さな建物で、想像していたよりこじんまりとしていた。警察署っていうより交番みたいだ。
「よく諦めなかったな!」
太い男の声が、建物の中から聞こえる。
その声の主が、入り口に呆然と佇む僕にゆっくりと向かってくる。警官の制服を着た背の高い男は、僕の目の前に立ちはだかると、楽しんでいるような、からかっているような笑顔で僕を見下ろしてきた。
「まだわからないのか?」
男はそう言うと、入口の脇にある駐車場を指差した。そこには見覚えのある黒色のバイクが止まっている。
「もしかして。あなたが封筒を盗んだんですか?」
「ああ、やっとわかったか」
「どうしてこんなこと……」
ガハガハと大きな笑い声が警察署の中から聞こえてくる。
「まあ怒るなよ、こっちにも事情ってもんがあるんだ」
覗き込むと、奥の長椅子に見慣れた男が座っていた。
「神作博士!」
文句を言う気力も湧かない。僕はただ、博士を睨みつけた。
「とにかく、お前は合格だ、カイ!」
博士は、悪びれる様子をまったく見せることなく言った。
「安心しろ! ここは俺がお前を使いに出した警察署だ」
拍子抜けした僕が、その場にしゃがみ込む。騙されていたことは、気に食わなかったけれど、何事もなかったことがわかり安心した僕は、張り詰めていた糸が切れて少しの間放心状態だった。
レンズに移る地図には神作の店舗と警察署をつなぐ線とともに、その距離が表示されている。その距離はたった百メートルほどしかない。
僕は今の今まで、自分が神作博士の店の近くに戻ってきていることさえ、まったく気がついていなかった。レンズ上の点だけを追って走っていたため、位置や方向がまったくわからなくなっていた。警官と博士に完全に踊らされていた。僕の疲れ切った表情に気が付いたのか、博士が僕の隣までくると、僕の肩に手を置いて言った。
「まぁ、恨むな。リクに頼まれてたんだよ」
「リクさんに?」
「あぁ、お前が信用できる人間かどうか確かめてくれってな」
「そんな……」
「で、これまでのおまえの反応から、お前がどっかのスパイじゃないことはよーくわかったよ」
「こんな方法で振り回すなんて」
「俺は二度は謝らんぞ!」
「一度だって謝ってないじゃないですか!」
疲れすぎて立てないからか、騙されていたことが悔しいのか、何だかよくわからないけれど僕はちょっと泣きそうだった。
◇ ◇ ◇
神作博士に続いて、警察署を出ると、通りの斜め向かいに博士の店舗が見えた。
「警察署がこんなにお店から近いなんて……。どうして店を出た時に地図アプリ上に表示されなかったんだろう」
「それはな、お前が俺の店を出た時には、気が付かないようにアプリにちょっと細工しといたからさ」
僕の気持ちなどお構いなしに、博士はこれ以上面白いことはないかとでも言うように、ニヤリと笑った。
この人のことは、なんだか苦手だ。
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