(027)   Area 27 Things that I wanted 隠れ家

--隠れ家-- #カイ


 隠れる場所が決まると、それから、裏道をゆっくりとした速度で十五分ほど車で移動して、桜元町の商店街の近くまでやってきた。


 車で移動中に、昨日の夜、僕が監禁されていた倉庫の近くで博士の車から降りた後、リクと別行動を取り始めたミエとの二人の足取りについて、北田さんは話してくれた。


「高坂さんと別行動を取ったのは、彼女の身を守るためだった。彼女は今回の計画に無関係だったし、君とも出会ったばかりだから、君が連れ去られたことの責任を取る必要なんて彼女にはないと、私とミエは考えていたからね」


 やっぱりリクは今回の件に関係ない人間なんだ……。

 僕はリクが無茶をすることなく、安全な場所にいてくれることを願った。


「実はミエは博士が車から降りる直前に博士に話しかけて、彼のコートに盗聴器を仕掛けておいたんだ。ミエは今まで柏原さんや船引さんの計画に協力してきたことを神作博士に教えていなかった。だから、神作博士も彼らに協力していることを盗聴器からの音声で聞いた時には、僕たちはひどく驚いたよ。

 けれど、もっと驚いたのは、彼がMCS社の人間に連絡を取ったことだ。神作さん側の音声しか聞き取れなかったから、会話の内容は正確にはわからないけれど、少なくとも君の居場所についてMCS社に質問されていたことは間違いない。神作博士は君の居場所についてはわからないとMCS社の人間に言っていたが、その直後に、柏原さんや舵と連絡を取っていた。

 結局のところあの人が何をしようとしているかわからないことが、今の僕たちにとっては一番怖いことなんだ」


 僕は昨夜リクから、神作博士がミエの両親と知り合いだったという話を聞いた。父と母の知り合いだった博士が、影で糸を引いていたかもしれないと思うと、やりきれない気持ちになった。明日になった時に、皆が幸せでいられる方法はないんだろうか?


「あの、MCUを破壊するって本当ですか?」

「ああ、MCUが二台あるのは知ってるよね」

「はい」

「MCS社のMCUについては、世の中には知れ渡っていないが、実は数年前に動かない状態になっている」

「あの、博士や柏原さんはMCS社のMCUが動かなくなっていることは知っているんですか?」

「いいや、MCS社の人間以外でこのことを知っているのは、私とミエと君、そして君の父親だけだよ。もう着くから、店の中でゆっくり話そう」


   ◇     ◇     ◇


 流石さすがに車で商店街まで入ってくると目立つので、商店街から数十メートル離れた適当な路地に車を止めて、裏道から閉店になった美容院に侵入した。小春さんとコノハちゃんが引っ越してから店には誰も出入りしていないはずだ。


 案の定、ドアには鍵がかかっていた。北田さんはタブレットを開くと何か調べ始めた。


「おかしいな。ネットにつなげない。カイくん、もしかしてネットワークを遮断するものを持ってる?」

「あ、すいません。ネットを遮断するカードを持ってます。少し離れたら問題ないはずです」


 僕は何歩か後退りし、北田さんから二メートルほどの距離を取った。


「OK、ネットワークにつなげたよ。すごい性能だね。もしかしてトキさんにもらったの?」

「いいえ、柏原さんから、カード型のものを今朝もらいました」

「へー。またあとで見せて!」

「あの、トキさんと知り合いなんですか?」

「あぁ、彼は結構有名だよ」


 喋りながらも、北田さんはタブレットでどこかにアクセスし、あっという間に家のドアの電子ロックをハッキングして、鍵を開けてしまった。


「どこでハッキングを覚えたんですか?」

「どこでというか、いろんなところからかな」

「はあ……」


 なんだかここ数日のうちに出会った人は、はぐらかしたり曖昧な答えしかくれない人ばかりだ。


   ◇     ◇     ◇


 店の中に入ると、美容院の中で唯一テーブルのある、お客さんが順番待ちをする場所にあるソファに北田さんは腰掛けて、車から運んできたかなり大きめのカバンから、タブレットとノートパソコンを取り出し作業し始めた。


 僕はネットワークを遮断するカードが入ったリュックを、テーブルから二メートル半ほど離れた場所に置いた。そして僕は、北田さんの作業しているノートパソコンの画面が見え、かつ、ネットワーク遮断カードの影響を受ける位置に椅子を持ってきて座った。


「さっきの話の続きを聞かせてください。どうやってMCUを破壊するんですか。MCS社のMCUが動かなくなっているというのは、本当なんですか?」


「ああ、本当だ。それに、今日、残るもう一台のMCUを破壊する気でいるよ。まず、現時点で実現可能な破壊方法は三つある」


「三つ……」


「一つ目の方法は、第四脳科学研究所のMCUのプログラムを消去する方法。

 ただし、この方法には時間がかかる。MCUは外部からハッキングされて情報を盗まれたり、破壊されたりしないように装置は外部のネットワークには直接つながっていない。装置のセキュリティーシステムも、外部システムと間接的に繋がっているが、基本的には内部で完結するように構築されている。つまり、第四脳科学研究所のMCUがある場所まで行って、直接MCUにアクセスし、プログラムを消去後、プログラムを復元できないように別のデータを上書きする必要がある。

 MCUの設計図は既に入手済みで、MCUのプログラムを消去するための独自のプログラムも設計済みだ。だが、この方法だと、MCUがある場所で約一時間誰にも邪魔されないようにしていなければならない。


 二つ目の方法は、この方法はほぼ最終手段だが、MCUを物理的に破壊する。つまり、MCUを爆破する。MCUが設置された空間にはさまざまなセキュリティーシステムが施されている。セキュリティーシステムについては切り抜ける方法を考えてあるが、MCUを囲む壁は金庫のような作りで、防火防水耐震なども施されている。つまり、通常の建物なら一瞬で木っ端微塵に吹き飛んでしまうような衝撃でも、MCUはびくともしない。つまり、内側からMCU爆破するか、研究所ごと吹き飛ばしてしまうほどの衝撃が必要だ。第四脳科学研究所は住宅街から離れているので、爆破に一般人が巻き込まれる可能性は非常に低いけれど、やはり不確定要素が多い。

 この方法であればMCUの破壊自体はほぼ確実に可能だが、研究所内で被害者が、出る可能性がゼロではない。


 結論としては、人の命が危険に晒される可能性が否定できないから、プログラムの消去に失敗した場合の最終手段だと考えている」


 僕は、第四脳科学研究所の爆破と聞いて、ばあばのことが心配になった。


「あの、タキさんは? 僕と北田さんが写っている写真を撮った、第四脳科学研究所のすぐ隣に数件残っている家に今でも住んでいるあの女性は、もしMCUの爆破を実施しても危ない目に会うことはないんでしょうか?」


 北田さんはキーボードで忙しく何かを入力しながらも、うんうんと首を動かして、僕の質問に頷いている。


「よく知っているね。君とミエが子どもの頃に住んでいた家の隣に今も住んでいるトキさんは、今朝のうちにミエが安全な場所に連れて行ったよ」

「昔僕はあそこに住んでいたんですね……」

 やっぱり、ばあばの家で見た夢のような世界は誰かの過去ではなく、自分自身の過去だったんだ。


「そして、三つ目の方法は、君の中にある」

「どういうことですか?」

 僕は平常心で質問した。はっきり言って、もう驚くことができなくなってきていた。


 自分の両親がMCUに関わっていていたと聞いた時には、まさかとは思ったけど、ミエが第四脳科学研究所で働いていたと知らされた時には、自分も何かしらMCUに関わっているのではないかと思わずにいられなかった。


「実はね、以前、記憶を失う前の君は私に一度だけ『俺がいればいつでもMCUは破壊できる』と言ったんだ。でも、結局君はその方法を教えてはくれなかったし、それ以降何度聞いても、破壊方法なんて知らないとしか言わなかった」


「僕が嘘をついた可能性はないんでしょうか。それとも精神が錯乱して妄想していとか」


「いや。私は君の記憶には昔からかなりのがあったから、本当に忘れてしまったんだと思っている」


「波……」


「これから話す内容は、一般には公開されていないことだけれど、MCS社のMCUは君が研究者の関係者として二年前に見学に行った直後に動かなくなったんだ。

 見学当時、停電が起きたせいで、監視カメラは動いておらず、停電が数分で復旧したため、君が何かしたと疑うものはいなかった。

 装置が動かなくなって、MCS社は急いで装置を復旧しようとしたんだけど、それから間もなくして、MCU内で火災が発生して、装置の復旧どころか、なぜMCUが動かなくなったかすら調査できなくなったらしい。そのことがあってから、第四脳科学研究所内のMCUのセキュリティは強化され、さらに堅牢な作りになった。

 けれどその数ヶ月後、君が『俺がいればいつでもMCUは破壊できる』と言ってきた。私には、君が嘘をついているようには見えなかったよ」


 僕はMCUが破壊できる方法を必死で考えてみたが、記憶はまったく蘇ってこないし、アイデアの一つも出てこなかった。


「さっき、僕の記憶には昔からかなりのがあったと言ってましたけど、僕はずっと前から、今年の四月よりも前から、記憶障害とともに生きてきたということですか?」


「断言はできないが、その可能性は高いと思っている。君には思い出さないようにしている記憶や思い出せなくなっている記憶が人より多くあるんじゃないかとずっと感じていた」


「そんな」


「そんなに深刻にならなくてもいいと思うよ。誰しも過去のすべてを覚えているわけではないんだ。だから君に記憶障害があったと、簡単に決めつけることはできない。けれど、僕は君には隠したい記憶があって記憶を奥に閉じ込めているんじゃないかと思っているんだ。

 僕には精神医学や心理学についての知識はほとんどないから、あくまで君と時間を過ごしてきて、その時々に感じたことを言っているだけなんだけどね」


 僕はこの半年ほどの間、夢なのかそれとも幻覚や幻聴なのかはわからない何かを見たり聞いたりしていたから、北田さんの言っていることも、あり得なくはないと思った。


 ただ、どんな夢を見ても、どんなことが頭によぎっても、何が本当にあったことで、何が想像の産物なのかは、自分自身の感覚だけでは区別がつかなかった。

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