(026)   Area 27 Things that I wanted 薬

 --薬-- #カイ


「カイくん。ここに、記憶制御を解除する薬がある。一応、君には渡しておくべきだと思って」


 北田さんは錠剤の入った片面が小さな半透明の袋を僕に差し出した。


「船引さんから、記憶制御後に起こった出来事の記憶を保ったまま、MCUによる記憶制御を解除する薬が完成したと聞きました。これは、その薬ですか?」

「ああ、そうだよ」


 僕は薬を受け取ると袋をまじまじと見た。袋の裏面には薬の説明が記載されていた。


「実は、今まで政府が回復者と称していた人たちは、記憶の制御を説かれた人たちではなく、もともとMCUの記憶制御が不完全だった人が自力で記憶を思い出していた事例なんだ。

 彼らの脳の働きを調べると、脳に不完全な記憶制御が残ったまま、新たに昔の記憶にアクセスする経路が不自然な形で作らていた。

 だから、思い出した記憶を拒否したり、自分と思えなかったり、解離性障害と思われるような症状を発症してる人までいた。

 政府は記憶制御を元に戻す手段がないにも関わらず、MCUを悪用し、MCPを労働者として利用し続けていたんだ。

 けれど、この新薬ならMCPとして過ごした時の記憶を保持しつつ、脳の働きを正常に戻せる。今夜中にこの薬がDA1・2・3のすべての人に届けられるんだ」


「ちょっと待ってください。記憶制御を元に戻す手段をがなかったのなら、それじゃあ、今まで回復者になるために、政府に呼ばれてDA3を出て行った人たちはどうなってるんですか?」


「噂では、もう一度MCUにかけられて、再度、施設や国立農園で働いているらしい」


「そうですか……」


 僕は、ただの利己的な考えかもしれないけど、牧さんが殺されたり投獄されたりしておらず、今もどこかの施設や国立農場で働いていて、この薬を飲んだら、僕やオヤジさんのことを思い出してくれるのかもしれないと思うと、少しだけ希望が湧いてくる気がした。


「あの、MCUに関する技術は一般には公開されていないですよね。そんな状況の中で、この薬は、誰がどうやって開発していたんですか?」

「君の近くに、MCUについてすごく詳しい人間がいるじゃないか?」


 僕はどこかで気がついているのに、なぜか名前を口にすることができなかった。


「ミエが、君のお姉さんが開発したんだ」

「……」


 僕は、自分の家族が長年MCUに囚われて生きてきたことが、ひどく辛かった。


「ミエは何年も脳科学研究所や国を騙し続けて、その薬を開発したんだ」

「でも、彼女はMCUの開発者の娘なのに、どうして」

「ミエは多くは語らないから、私にはミエの本当の気持ちはわからないけど、開発者の娘だから……、じゃないのかな?」


 MCU開発者である母さんは、娘が記憶制御を解除する薬を開発し、息子がMCUを破壊しようとしていることを知ったら、何て言うんだろう?


 北田さんから受け取った薬の入った小さな袋を見つめて、どうしてらいいか自問自答していた。


「あの。MCPではない人が薬を飲んでしまった場合には、どうなるんですか?」

「過去の記憶が鮮明に蘇ってくるはずだよ。まあ、蘇ると言っても、すべてをはっきり思い出せるようになるわけではなくて、フラッシュバックするような感じで目まぐるしくさまざまな出来事の記憶がが見えたり聞こえたりするだけだし、蘇った記憶をずっと保持できるわけではないけれどね。つまり、記憶の蘇りは一過性のものだから、しばらくすると今までの自分に戻っていく」


 北田さんは僕の質問に答えながらも、パソコンで淡々と作業を続けている。


「あの、薬を飲んでMCPでなくなったら、人は幸せになれると思いますか?」


 ほんの少しだけ間を開けて、北田さんは答えた。


「……いいや。人間だから、以前の自分に戻るだけで幸せになれるとは思わない。場合によっては不幸になってしまうこともあるだろう。記憶なんて実際のところ危ういもので、MCPでなくても日々いろいろなことを忘れたり、誤魔化すように書き換えたりしながら生きていると私は思ってるからね。忘れることで、生きやすくなることもあるんじゃないかな?」


 忘れることで、生きやすくなることもある……。


 僕はこの薬を飲むのとが、すごく怖い。



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