(020)   Area 29 Treasure ライター

 --ライター-- #カイ


 敷地内に入ってしばらくすると、巨大な味気ない白い箱のような建物が目に入ってきた。その建物にはいると、さまざまなセキュリティーシステムが設置されていることが手に取るようにわかった。二重扉、監視カメラなどのセキュリティーシステムを通過し、三階でエレベーターを降りた。


 施設内は不気味なほど静まりかえっており、がらんとしていて、ここににたどり着くまでに誰にもすれ違わなかった。


「ここは、夜は誰も働いていないんですか?」


「第四脳科学研究所は、基本的には日勤のみだけれど、徹夜で研究する人も普段はいるし、普段はこの時間帯なら最低でも数十人は残って仕事している。でも今日は誰もいないよ。事前にメンテナンス部と守衛を巻き込んで偽の緊急メンテナンスを計画し、今朝、今日は残業はせずに遅くとも六時には帰宅するように研究所の職員に連絡済みだ。メンテナンス部で今日出勤になっている職員は皆こちら側の人間で、彼らはすでに施設外に避難している。ここに残っているのは町田さんだけだ。さっき町田さんがみんな帰ったって言ってただろ? そして、町田さんには、プログラムの消去が開始され次第、安全を確保できる場所に移動してもらう」


 町田さんがさっき僕に『今日は頼むよ』と言ってきたので、協力者なのではと想像はしていた。だけど、その他にも複数の協力者がいるのか。どれだけ大掛かりな計画なんだろう。


「あの、町田さんは北田さんの計画についてどこまで知っているんですか?」


「町田さんは、今日の計画の詳しい内容は知らないが、細かなタイムスケジュールは共有済みだよ。おそらく、MCUを破壊しようとしていることに気がついているとは思うけど、私からは、あえて説明していない。町田さんには、MCS社の記憶消去サービスの利用中に、トラブルが起こって意識が戻らなくなった娘さんがいるんだ。彼は私とミエには常に協力してくれているけれど、家族を巻き込みたくないから、あえて深く知りたくはないと言ってきた。だから僕らも最低限のことしか伝えていない」


 ドアに『研究室K-5』と書かれたプレートのかかった部屋の前で、北田さんが立ち止まった。


「ここに必要なものが置いてあるんだ」

「あの。ここって」

「もしかして、見覚えがある?」


 北田さんが期待を込めて聞いたのがわかったが、僕は首を横に振った。

 研究室に入ると、妙に物の少ないキュービクルが目に入ってきた。


「そこは、カイの場所だったんだ」

「ここが……僕の?」

「そうだよ。君はここに来てすぐに姿を消したから、物はほとんどないけど、ミエがそのままにしてあるんだ」


 確かに、数本のペンとノートが机に置かれているだけで、長い間ここにいたとは思えない。デスクの引き出しを開けると、銀色の古びたライターが入ってきた。ライターの蓋にはU.Kと刻まれている。北田さんは隣のキュービクルに移動して、ガサガサと音を立てている。僕はキュービクル越しに北田さんに話しかけた。


「あの。もしかして僕は、いつもこのライターを持っていませんでしたか?」

「ライター?」

「ああ。確かに、そのライターの蓋を開けたり閉じたりするのが君の癖だった」

「もしかして僕はタバコでも吸ってたんですか?」

「いいや、タバコを吸っているのは見たことがない。ただ、そのライターはお守りだって言ってたよ」

「お守り……」


 僕にはこのライターがどうやって自分を守ってくれるのか、まったく想像できなかった。ライターを開けたり閉じたりすると、少し気持ちが落ち着くような気がした。僕はライターをコートのポケットにしまうと、北田さんのいる隣のキュービクルに移動した。


「一年前僕が消えた時、ミエは僕を探したんですか?」


 僕は、どうして自分がそんなことを北田さんに聞いたのかわからなかった。けれど、今思えば、誰かに大切に思われていたいと願っていたのかもしれない。


「ミエは、君を探さないで……君を待っていたよ。でも、安全に薬の開発を進めるために、君のことなど気にしていない振りをしていた。

 あの頃、ミエは薬の開発の最終段階に差し掛かっていた。だから、他のことを考える余裕なんてなかったし、君が舵や京とつながっていることにも気がついていたから、自分が君を探すことで、研究所の上層部に目をつけられて、研究所を騙して極秘で研究してきた薬の開発を中止させられては困ると必死だった。でも、薬が完成してからは、家族全員のことを必死で探していたよ」


 北田さんは、北田さんのキュービクルにあるデスクの鍵のついた引き出しを開けると、中からティッシュ箱程度の大きさの黒いプラスチックの箱を取り出した。中には何が入っているのかまったく見えない。


「これが起爆装置なんだ」

「起爆装置! ……こんなに小さな爆弾でもMCUを吹き飛ばせるんですか?」

「いいや。これは火種であって、爆発物は入っていない。この施設のセキュリティーシステムは、爆発物を持ち込めるほど甘いものじゃない」

「爆発物を持ち込めないなら、プログラムの消去ができなかった場合にどうやってMCUを爆発するんですか?」

「それは、ついてくればわかるよ」

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