(032) Area 26 People who change the world 計画
--計画--#カイ
今更引き下がる理由はない。
僕の意思は固かった。だが、リクには自分で決めて欲しかったので、僕の方を見ているリクから僕はワザと視線を外した。
「話してください」
そう言ったリクの声は吹き抜ける風のようにスッと透っていた。
僕は頷いた。
「お願いします。話してください」
船引さんは大きく息を吐くと、感情をリセットするように一瞬だけ目をつむり、真っ直ぐに僕たちを見て、落ち着いた口調で話し出した。
「まず。今日の計画の前提としては、この地区の解放を望む人が多くいることが挙げられる。
国立農場やその他の雇い主の元で働くMCP。それらの場所から逃げて生活しているMCP。MCPの子どもで国籍を持たないもの。
まず、国籍を持たない子どもたちに関しては、現時点では身の安全を確保することしかできないが、この件に関しては、トキさんが指揮をとっている」
「トキさんが?」
「トキさん?」
僕とリクが同時に尋ねた。
「高坂さん。トキさんは、この工場で長年働いてきた人だ。彼は建築関係者である第一世代の子どもで、この土地で生まれた第二世代の人なんだ。トキさんはMCPの解放のために、裏でずっと皆を支えていてくれた人だ」
間違いない、僕がここで一緒に働いていたトキさんと同一人物だ。
「既にトキさんが、国籍を持たない子どもたち——MCP孤児——を安全な場所に避難させてある。
次に、国立農場にいるMCPに関しては、セキュリティーシステムをハッキングして、農場の監視員を監視等から出られないようにした後に解放することになっている。その時に農場内の映像をネット上で公開することになっている。
詳しく説明すると、農場にある五つの門のうち、DA1につながる橋の袂にある橋以外の四つの門を開き、各門に舵たちメンバーを配置して、工場から出ようとするMCPに記憶制御を解く薬を渡す。
全員に薬を飲ますことも考えたが、一部反対意見があって、MCP本人に委ねることにした」
「ちょっと待って、今、記憶制御を解く薬って言いました?」
さっき舵は『MCPを元に戻す手立てもない』と言ったはずなので、僕はすかさず船引さんに質問した。
「ああ、実は、記憶制御を解く薬が完成した。その薬を使えば、MCPを元に戻すことができるんだ」
「それって、回復者とは違うんですか?」
「ああ、まったく違う。記憶制御された後に起こったことの記憶を保持したまま記憶制御を解除する薬が完成したんだ。
薬は錠剤と液状があり、服用後、早ければ数分で効き出し、数十分間で完全に記憶制御は解除される。
長年この工場で働いてきたMCPに協力してもらい、既にその効果があることを確認した。協力者はMCPになる前には私の知人だった。彼らが昔の記憶を取り戻したことは私が保証する」
「あの、農場にいるMCPの記憶を一度に戻したら危険じゃないですか? 差別に聞こえるかもしれませんが、精神が不安定な犯罪者が元の自我を取り戻したら、誰を傷つけるかわかりません」
僕は自分が記憶を取り戻した場合を想像して、もし薬を飲んで記憶が戻ったら、突然危険な人間になるのではないか不安になった。
「何年も調査をしてわかったことなんだが、MCPになって国立農場やDA3内で働いている人は、実はもうほとんど犯罪者ではないんだ」
「え?」
僕の隣で、リクが小さく驚きの声を上げた。僕は眉を顰めて、船引さんの話に集中した。
「以前は法律で定められている通り、MCPは犯罪を犯した受刑者だったが、ここ十年ほどの内に徐々に入れ替えが行われて、今
中には事故で病院に担ぎ込まれたのちにMCPになったものもいるようだ。ほんと、めちゃくちゃだよ。
実際のところ、犯罪者は刑期が終わるまで凍結されているか、無断で記憶を操作された後に刑務所内で働かされている。それもこの国が抱える大きな問題だが、今日はまだ解決することはできない問題だ」
リクは、かなりショックを受けているようだ。船引さんは僕とリクの様子を見て、一息置いてから説明を続けた。
「つまり、少なくとも過去十年間、DA3に犯罪者であるMCPは送り込まれていない。この地区にいる人間で危険なのは、どちらかというと後から自分の意思で流れ込んできて自由に生活している人間の方だよ。彼らは警察がほぼ関与しないこの地区で自由を謳歌しているからね」
「そんな……」
リクの顔が引き攣っているように見える。相当ショックなんだろう。
「信じられないなら、これを見るといい。ショックかもしれないが、これから農場の画像を公開すれば、多くの人が君と同じ状況に陥る」
船引さんはノートパソコンの画面をリクの方に向けた。
「これは、何の映像ですか?」
「農場のリアルタイムの監視カメラの映像だ」
「すまないが、君のことを調べさせてもらった」
まるでリクはあるはずのないものを見たかのように表情を硬らせている。
「嘘でしょ?」
リクは顔を真っ青にして画面を覗き込んでいる。そこには農場のラボで野菜の育ち具合を確認している年配の女性の姿が映っていた。
「君の祖母は数年前に交通事故で亡くなっているね。君の祖母は農産物の栽培の専門家だった。明らかに、政府に利用されたんだ」
「おばあちゃん——」
リクは涙を流しながら映像を食い入るように見つめている。
「——でも、私はおばあちゃんが死んだことを確認したわ。あの時のおばあちゃんの遺体は一体誰だったの?」
「遺体は、見た目だけで個人を判別できる状態だったかい?」
ミエは首を横に振った。
「犯罪者が死亡し、身寄りがない場合、その遺体を利用しているんだ」
僕もリクの隣で農場の映像を見ていたが、そこに見覚えのある人が映っていて、僕は身を乗り出した。リクの祖母だという年配の女性の奥に映る男性の姿に、僕の心臓は止まりそうになった。
「あの、そのカメラ映像、拡大できますか?!!!」
「ああ、可能だが」
「女性の奥に映っている男性を見たいんです」
船引さんが画像を拡大する。間違いない、左目の下に小さな傷がある。
「知っている人なのか?」
そこに映っていたのは、生まれたばかりのコノハちゃんを嬉しそうに抱いていた男性、つまり、死んだはずの小春さんの旦那さんだった。
「知り合いの旦那さんです。事故で死んだはずなんです」
「そうか、その知り合いの人は今どこにいるか知っているかい?」
「DA1にいることしかわかりません」
「名前を教えてくれるか?」
「何に使うんですか?」
「マッチングが終わっているか確認する」
「マッチング?」
「私たちは時間をかけて、農場のMCPと行方不明者や事故での死亡者のマッチングを行なってきた。行方不明者や事故での死亡者については、DA1と2の情報は正確な場合が多いから、大部分がマッチングに成功して、家族や親戚の連絡先と紐づけられている。だが、DA3での情報はデータベースに上がってくるものが少ない上に、行方不明者や事故での死亡者の情報は信憑性が低いものが多くて、ほとんどマッチングが上手くいっていない」
「マッチングして、紐づけた情報は何に使うんですか?」
「農場内の映像をネット上で公開すると同時に、映像を読み込んで、マッチング済のMCPが映る映像を紐づいた人たちに送る。高坂さんのように家族を失ったと思っていた人が、映像の中にその姿を見つけて反応してくれれば、すべてが変わり出すはずだ」
リクに、僕と柏原さんの会話がどこまで聞こえているかわからないが、リクは国立農場の映像を凝視したまま、微動だにしない。
僕は柏原さんの方を向くと、さっきから気になっていることを質問した。
「あの、柏原さん。どうして舵に薬があることを伝えていないんですか? 舵は妹さんに真っ先に薬を使いたいんじゃないんですか?」
「カイくん、君はイズミは帆澄だったと思っているね。薬の話をすれば真っ先に舵は帆澄を取り戻すために薬を使うと言い出すだろうと……」
「間違っているんですか?」
「いいや、舵はきっとそう言うだろうね。ただ、真実を捉えていない。それに、薬が効くとしても、今ある世界が崩れることに対して、心の準備ができている人ばかりではないんだよ」
「……どういう意味ですか?」
「すべては僕のただのわがままということ……」
僕には柏原さんの言っていることがさっぱり理解できなかったが、これ以上問いただしても詳しい事象は教えてはくれそうになかった。
◇ ◇ ◇
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