(031) Area 26 People who change the world 計画
船引さんは、ノートパソコンの画面に映る画像をDA1・2・3の地図に切り替えると、計画の流れの説明を始めた。
彼らの計画は、僕が想像していたよりも複雑で大掛かりなものだった。その計画はいくつものシステムをハッキングしたり、破壊する計画だった。
DA1・2・3は特別開発地区のため、出動要請がなければ地区外から助けは来ない。そのため、国立農場のあるDA3で自由に身動きを取れるようにするために、特別開発地区の中枢であるDA1を、まず機能不全にする。
計画の準備段階として、DA1でパニックを引き起こし、大多数の警察や消防をその現場に向かわせる。そのために、DA1内にあるすべての車両を自動運転をオンにして、車を停止させたのちに、DA1のすべて車道の信号を止めるそうだ。
そうすることで事故を起こさずにすべての車を停止させられる。その後、信号は止めたまま、自動運転をオフにする。そうすることで、マニュアルで運転できる人のみが運転可能となるが、信号が止まったままなので、街中で渋滞が発生する。
また、自動運転しかできない人が人口の八割を超えるので、大勢がその場から動けない状態になる。
緊急事態への対応のため、警察や消防が現場に向かい出動すると予想されるが、渋滞のせいですぐにたどり着くことはできないだろう。
警察や消防がDA1の現場に出動し始めた時点で、今日の計画で電気が必要となる国立農場や一部の施設を除いて、DA1・2・3にある政府関連機関をすべて停電にする。充電池で動く装置や機器、そして非常電源装置は、停電直前に遠隔で破壊しておく。
これでDA1のほぼすべての政府関連施設が停電になり、機能不全に陥る。
実は、非常電源装置の破壊については、事前にテストとして、船引さんに指示されたハッカーが柏原さんに無断で彼の診療所の非常電源装置を遠隔で破壊し、成功しているとのこと。
そのせいで、診療所で停電になった時に非常電源が動かなかったのか、と僕は納得したが、柏原さんは、非常電源装置の破壊が船引さんによって仕組まれたことだと今まで知らなかったようで、少なからずショックを受けていた。
さらに、今日の計画では、すべて国民の体内に埋め込まれたマイクロチップに書き込まれた情報を消去し、チップを無効化する。
まず、ネットワークにハッキングをかける必要がある国立農場や一部の施設を除いて、政府関連施設の通信ネットワークを完全にダウンさせる。そして、政府関連施設の通信ネットワークがダウンしている間に、衛星通信システムを含むさまざまな通信システムを介して、全国民の体内に埋め込まれたマイクロチップに書き込まれた情報を消去し、マイクロチップを無効化する。
柏原さん曰く、マイクロチップを利用したセキュリティーシステムには致命的な欠陥がある。今回の計画では、その欠陥を利用してセキュリティーシステムを崩壊させるらしい。詳しく説明すると、全国民にマイクロチップが埋め込まれていることを前提にセキュリティーシステムが作られているから、マイクロチップが埋め込まれていない場合には、セキュリティーシステム自体が反応しないようになっているらしい。確かに致命的な欠陥だ。
つまり、例えば、犬や猫、鳥などの動物がセキュリティーシステムが有効なエリアに侵入しても、セキュリティーシステムが発動しないのは、動物には規定のマイクロチップが埋め込まれていないからなのだそうだ。それは人間に対しても同じなので、例えばMCP孤児のようにマイクロチップが体に埋め込まれていない場合には、セキュリティーシステムが発動しない。
つまり、たとえマイクロチップが体内に埋め込まれていても、全国民のマイクロチップを無効化できれば、セキュリティーシステムが崩壊するに等しいとこのと。
どうして政府はそんなザルなシステムを作ったんだろう?
とにかく、ここまでの話で、DA1のほぼすべての政府関連施設を機能不全にし、体内に埋め込まれたマイクロチップを遠隔で無効化することがわかった。
◇ ◇ ◇
船引さんはここまで説明すると、ペットボトルの水を少し飲み、僕らの表情を確認して、再び計画の説明に戻った。
ここからは本格的に、MCPを解放するための流れの説明に入った。
DA1のほぼすべての政府関連施設が機能不全になり、マイクロチップの無効化が完了した直後に、国立農場のセキュリティーシステムにハッキングし、監視塔にいる十五名の監視官を監視塔内に閉じ込める。
続いて、農場にはその東西南北とDA1につながる橋の袂に門があるが、東西南北の四つの門だけを開けて、農場内の映像を世間に公開すると同時に、マッチングが完了しているMCPの映像を紐づいた家族や知人に生配信で送る。
具体的に説明すると、リクにはリクのおばあさんの映っている映像が、小春さんには小春さんの旦那さんの映っている映像が送られることになる。
監視塔に監視官が十五名しかいないのは、調査で確認済みとのこと。
農場の監視官は農場の運営が安定するにつれて年々人数が削減されたらしく、現在四十五名の監視官を三シフトに分けて配置している。
シフト外の監視官は監視が終わるとすぐにDA1への橋を渡り帰宅している。また、農場への大まかな指示は、DA1内の政府関連施設内から遠隔で行われている。
国立農場にかかる人件費の大部分が、農場内で働く専門家に当てられていると政府の資料には記載されているとのことだが、船引さんや柏原さんが調べた情報によると、実際は農場内で働いている農業や装置などの専門家はMCPであり、彼らに給与は支払われていない。
つまり、作物の栽培に関する細かな管理や装置の整備に必要な人材は、リクの祖母のような豊富な経験と知識を有する人を、長い年月をかけ、極秘に連れ去り、必要な知識を残したまま記憶を制御しては、MCPとして農場に送り込んできたのだ。
現在農場には二万人以上の罪のないMCPが送り込まれて働いているらしい。
政府の公開資料によると、四百人ほどの職員が住み込みで国立農場内で働いていることになっているが、船引さんや柏原さんが調べた情報では、現在DA3の国立農場内で働いている人間は、四十五名の監視官以外はすべてMCPだ。その他はすべてDA1内の政府関連施設内から遠隔で指示を出している。
つまり、住み込みの職員など存在しない。住み込みの職員用として申告されている人件費や必要経費がどこに消えているかは容易に想像できる。政府はいつだってやりたい放題なのだ。
つまり、国立農場の監視塔は東西南北とDA1につながる橋の袂にある五つの門に接して建てられており、それぞれの塔に監視官を三人ずつ常に配置している。
農場のセキュリティーシステムをハッキングした時点で、勤務中の十五名の監視官は身動きが取れなくなるが、念の為門の周辺に舵たちを含むこちら側の協力者を配置して、監視官を見張るとともに、門から出てくるMCPに記憶制御が解除される薬を渡すのだ。
さらに——僕が驚いた情報としては——柏原さんたちの調査によると、ここ二十年間の行方不明者数や自殺者数、そしてさまざまな精神疾患の推計患者数などが増加しており、その増加状況から、DA3以外にもMCPは存在していて、記憶制御を解除する薬が必要な人が少なくとも数万人、多ければ数十万人はいると推定されるらしい。
つまり、DA1・2・3には回復者——つまり、元MCP——と呼ばれているが完全には記憶の回復していない人や、実際はMCPにされたにもかかわらず、労働者として使い物にならなかったため精神疾患や認知症などと診断されて、施設で生活したり、家族の世話が必要になっている人など、さまざまな人たちがいることが確認されている。
彼らに薬を届けることも今日の計画の一部だそうだ。
DA3内にある国立農場は一箇所だけだが、その他の施設や個人経営の会社で働いているMCPもいる。
彼らの身の安全を確保するため、政府関連施設を停電にして、それらの施設のネットワークをダウンした時点で、MCP管理者である施設のオーナーや会社の社長などに偽の緊急招集をかけて今夜一晩隔離する。
隔離場所は船引さんの部品工場の隣にある集会場で、その会場は、ネットワークに接続できないように細工を施してあるため、招集されたMCP管理者は外部の状況に気づくことはない。
今日の計画が成功すれば、MCPが記憶を取り戻し家族や知人と再会することで、MCPは犯罪者ではなく、行方不明者や事故で死亡したように見せかけて連れ去られた人たちだということが明るみに出る。
世間にMCUの悪用が知れ渡れば、政府は今までのように、MCUを使用して労働者を集めることはできなくなるだろう。
すべて上手くいけば、MCPの解放し、さらに、DA3に住む人々やMCP孤児の人権を回復できるかもしれない。
ただ、これは、あくまですべてが成功した場合であり、不確定要素が多い。
それでも、船引さんや柏原さんの様子から察するに、これ以上計画を先延ばしにはしたくないのだろう。彼らは、今回の計画に関わる人物が多すぎることが最大の弱点だと考えているようだ。誰かが裏切る前に、なんとか計画を実施したいらしい。
僕はMCPを解放できるなら、成功する確率が低くても協力したいと思った。
一連の説明を受けたあと、僕は、柏原さんと船引さんに一つだけ質問をした。
「この計画は、かなり複雑だと思うんですけど、これほどたくさんのシステムへのハッキングは本当に可能なんですか?」
柏原さんは深く頷いて、躊躇わずに言った。
「ああ、可能だ。私たちに協力しているのは、こちら側の人間だけではないからね」
◇ ◇ ◇
「もう少し詳しく話をしたいところだが、京はこれから合流しないといけない人がいるんだ。京はトキさんの家に向かうから、君たちも一緒に行ってくれ」
船引さんはノートパソコンの画面を閉じて、ソファーから立ち上がった。
「船引さんはどうするんですか?」
「私はここにとどまって、さっき話したMCP管理者の隔離やシステムのハッキングを指揮しないといけなくてね。ここから、すべてを見届けるよ。上手くいくことを祈っている」
ここを去る前に、僕にはどうしても確かめなければならないことがあった。
「本当にMCUは破壊できないんですか?」
僕の問いに、船引さんは深くため息をついて、断言した。
「できたらいいんだが、今は打つ手がない」
少なくとも僕には、船引さんが嘘をついているようには思えなかった。
「外まで送るよ」
そう言った船引さんに続いて、僕たちは部屋を出た。
廊下を数回曲がって入り口に着くと、船引さんはドアノブに手を置いた。
その瞬間に、ふとIDカードを受け取った日のことを思い出した。
あの日、既にこの計画は練られていたんだろうか?
「船引さん、穴見さんを引き止める手段は残されていなかったんですか?」
「君の言いたいことはわかるが、私もできる限りのことをした。でも、穴見には一分一秒が長すぎたんだ。……すまない」
口調や仕草から、船引さんは僕以上につらい思いをしたのだとわかった。
「いいえ、謝らないでください。ただ、悔しくて」
「そうだな。俺もだ。だから今日、すべてを変えよう」
船引さんはそう言って、僕の肩に軽く手を置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます