第12章 DA3
(033) Area 25 Calm before the storm DA3
--DA3-- #カイ
「すまない、少し預かっていたんだ」
柏原さんが笑いながら僕のIDカードをポケットから出し、僕に手渡した。
「どうして船引さんが?」
「単純なことだ。私が舵と京の協力者で、永薪海について二人に伝えてあったんだ。気になるMCUがいるってな。
君に持たせたIDカードについても、二人には伝えてあった。
でもなぁ、正直なところ、京から永薪海を見つけたと電話が来た時には、かなりびっくりしたよ。
それも、舵と京がMCU破壊のために人質にしているのが永薪海だっていうじゃないか……。
私は君が門崎カイだと知らなかったから、話が全然読めなかった。
私はてっきり、海が自分でDA2に行った後、自分で穴見から聞いていた京のアドレスに連絡したのかと思ったんだ。なのに京が、自分たちが人質にしている人間は『門崎カイ』のはずなのに、『永薪海』と名乗っていると言ってきたから、何がどうなっているのか訳がわからなかった。
でもまあ、とにかく、君のことを前もって二人に伝えておいてよかったよ」
そうか、だから僕が永薪海と名乗った途端に、二人は僕に対する敵意を突然消したのか。
◇ ◇ ◇
工場長に続いて階段を上がると、そこは初めて工場に来た日にIDカードを受け取った部屋だった。トンネルの中はひどく冷えていたが、その部屋はエアコンの暖房がよく効いていた。
先に部屋に上がったリクたちは、各々ソファーや会議テーブルの椅子に腰掛けて食事をとっている。
「この部屋の中は安全だ。だが、部屋の外はいろんな人間がいるから、会話には気をつけてくれ」
船引さんはそう言いながら、デスクの上に置いてあった紙製のランチボックスと水の入ったペットボトルを僕に渡すと、「すぐ戻る」とだけ言って、柏原さんと一緒に部屋を出て行った。
僕は部屋を見回して、この部屋が巧妙に計算され尽くされた作りになっていることに気がついた。この部屋のデスクは大きいと以前来た時に感じたけれど、それにも理由があったようだ。
デスクはその大きさを活かして、地下に続く階段を隠す役割を果たしている。部屋のドアを開けた時に、床にある階段の入り口が見えないようにデスクが配置されているのだ。
そして、デスクの後ろにある大きな窓はすりガラスになっていて、外からも階段は見えないようになっている。きっと他にも仕掛けがあるのだろう。
リクが二人だけで話したいことがあると言っていたことを思い出して、僕は奥の会議スペースにある楕円形のテーブルで食事をしているリクの隣に座った。
「リク、今朝二人で話したいって言ってたけど、今なら大丈夫?」
リクは食べかけのサンドイッチをランチボックスに戻すと、注意深く部屋を見渡した。
舵、ミレイ、イズミ、そして凪の四人はソファーに座って、それぞれランチを食べたり休んだりしている。
「そう言えば地下で歩いてた時、博士と柏原さんは特に気になることは何も話してなかったよ。ミエと北田さんを探しに行くってことと、二人を見つけたら合流するってことを話してた。あとはニュースを見てる人なら誰でも知っているような内容ばかりだった。だから、基本的には、エレベーターのところでカイに言ってたことと、ほとんど同じだったよ」
「そっか」
特に怪しい言動がなかったのならば、僕が博士を疑いすぎなのだろうか。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、リクは四人の目が届かないようにランチボックスで隠しながら、折り畳まれた小さなメモ用紙を差し出してきた。
「これは?」
ミエの指がメモの上をタップした、メモは小さく折ってあり外側に小さな字で
————————————————
ミエから連絡が来た
博士を信用しないで
できるだけ早く
人目のつかない場所で読んで
————————————————
と書いてあった。
僕は小さく頷くとメモをポケットに忍ばせた。
ここで読まない方がいいということは、相当な内容なのだろう。トンネルを歩いてきた疲れが出てきたのか、それとも不安からなのかわからないけど、思考が鈍っている。
水を飲むと、少し落ち着いてきた。僕は平静を装いながら、ランチボックスを開いてサンドイッチを頬張った。
◇ ◇ ◇
それから十五分ほどして、柏原さんと船引さんが戻って来た。船引さんは、デスクで何か作業を始めた。
柏原さんはランチボックスを持って、僕の向かいの席の座った。そして、リクがゴミ箱にランチボックスを捨てに行った隙に、クリップのついたカードホルダーをテーブル上をスライドさせて渡してきた。カードホルダーには少し分厚めのカードが入っている。
「これを持っていれば、博士の追跡を遮れるはずだから、今のところはこれで我慢して」
「このカードでネット接続を遮断できるんですか?」
「ああ、できるはずだ。肌身は出さず持つ必要はないが、二メートル以上離れると効果がない。ただ、君のレンズ以外の機器や装置もこのカードの有効範囲内にあるとネットワークに接続できない状態になるから、周りの人に怪しまれないように気をつけて」
「わかりました。ありがとうございます」
僕はリクが戻ってくる前に、受け取ったカードをリュックの内側にあるポケットに入れた。
僕と柏原さん以外は食事を終えて、それぞれ休憩している。やはりあの閉鎖的なトンネルを二時間以上歩いてきて、皆疲れてるのだろう。どちらかというと、体力とは関係なく精神面での疲労が強い。
僕はなんだか熱っぽくなってきたので、顔を洗いにトイレに行った。
廊下に出ると、工場内が妙に静かなことに気がついた。普段だと耳を塞ぎたくなるほど騒がしいのに、どこも静まりかえっている。部屋に戻ってくると、船引さんが話しかけてきた。
「カイ、気分が悪いのか?」
「いいえ、少し熱っぽかっただけで、もう大丈夫です。それより、今日は工場は休みなんですか?」
「ああ、今日工場でトラブルが起きても対応する時間がないからな。とにかく、これから忙しくなるから、今のうちに休んでおけよ」
僕はリクの隣に戻ると食事を続けた。けれど、これからのことを考えると食欲が湧かず、ランチボックスを閉じて、壁にかかる時計を見つめていた。
時計が四時五分を指している。
「舵、予定通り移動してくれるか?」
船引さんは若干緊張しているのか、声が張っている。
舵は船引さんのデスクのちょうど向かい側にあるソファーに座って、目をつむり、腕組みをしていたが、眠ってはいなかったのだろう。呼ばれるとすぐに目を開いた。
「船引さん、MCPを元に戻す手立てもないのに、本気でこれからDA3のMCPを解放するんですか? 第一、MCUを破壊する方法も見つかっていないんですよね?」
どういう計画が立てられていて舵が船引さんに質問したのかわからないが、舵の質問から、僕にはまだ共有されていない情報があるということだけは、はっきりとわかった。
「本気だ。だから、予定通り計画を進めてくれ。問題ない」
「わかりました。でも、何かあったらすぐに連絡してください」
「ああ、もちろんだ」
船引さんに食い下がらずに、簡単に説き伏せられてしまう舵の反応が、僕には不思議でならなかった。簡単に状況を受け入れるなんて……。彼の切れやすいが従順な性格は、どこか子どもじみていて、僕にはとても不自然に思えた。
舵がリュックを背負い、ソファーから立ち上がった。
「じゃあ、行こう」
イズミと凪、それにミレイも、どこに行くのか知っているのだろう。舵に続いて、三人もリュックを背負うと躊躇うことなく部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇
「ここに集まってくれ」
四人が出ていくとすぐに、船引さんが部屋に残った三人を呼んだので、僕はデスクの横までいくと、デスクの角に右手を置いて言った。
「あの、舵たちはどこに何をしに行ったんですか?」
いくら昨日今日加わった人間だからって、蚊帳の外に置かれているのは気に食わない。
「順を追って話すから、まずはソファーに座ってくれ」
リクが入り口のドアから一番近いソファーの左端に座ったので、僕はその隣に座った。柏原さんはリクの向かいに座り、柏原さんの隣に船引さんが座った。レインはリクの足元の床にゆったりと座っている。
船引さんは、飲みかけのペットボトルとノートパソコンをテーブルの上に置いてソファーに腰掛けた。
「二人とも、ありがとう。
まず、初めに言っておくが、これから話す内容を信じるか信じないかは君たち次第だ。
今まで私たちがしてきたことを考えれば、疑って当然だ。
まず、私が詳しい事情を今まで話さなかったのには訳がある。
第一の理由は、舵を欺くためだ。
そして、第二の理由は、君たちの身を守るためだ。
詳しい内容を知らなければ引き下がることができる。
はっきり言うが、船引さんと私は舵に隠していることがある。それは舵の望む結果を導き出し、すべてを成功させるためだ。舵を裏切ろうとしているわけではない。
我々の計画を知ったら、もう後には引けないが、二人とも大丈夫かい?」
船引さんは、真剣な目で僕とリクに問いかけた。
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