最終章 僕がずっと知りたかったこと

(007)   Area 33 To love and be loved 海の見える丘

 --海の見える丘--#カイ


 一晩中走り続けていた車が、鮮やかなオレンジ色の朝焼けが空に広がり始めた頃、小高い丘の中腹にある駐車場に止まった。北田さんは誰に声をかけることもなく、運転席のドアを静かに開けた。


「隠れ家に着いたんですか?」

「いいや、まだだよ」


 北田さんが車の外に出て、背伸びをした。追いかけるように僕も外に出ると、冷たい風が吹き付けてきて、思わず身がすくんだ。


「ここに寄ったのは、ミエとカイに見ていってほしい場所があるからなんだ」


 僕は車の後部座席を覗き込む。皆、車が止まったことにも気が付かないまま、眠っているようだ。


「ミエは起こさなくていいんですか?」

「先に、カイくんに見せたいんだ」


   ◇     ◇     ◇


 僕は柏原さんについて、丘の中腹から丘のてっぺんに向かって、気持ちのいい朝の空気に満ちた小道を歩いていく。


 しばらくすると、僕の視界に小さな墓地が入ってきた。


「もしかして……」

「そう、ミエとカイくんのお母さんのお墓があるんだ」

「どうして北田さんが、母さんのお墓の場所を知っているんですか?」


 僕の問いに北田さんは少し俯いて、ぽつりぽつり話し出した。


「半年ほど前に、ミエと君のお父さんが、ミエに連絡が取れないと言って、同じ研究室で働く私に電話をしてきたんだ。それまで、僕は彼と知り合いでもなかったから初めはかなり戸惑ったけど、手紙が何通も送られてきていたのは知っていたし、口調が真剣だったから話だけでも聞くことにした。

 彼はとにかく、今までのことをミエに会って謝りたいと言っていた。でも、ミエはその電話がかかってくる数日前にも、父親から送られてきた手紙を読まずにバッグに突っ込んでいたし、その日はいつも以上に厳しい表情で仕事をしていたから、私が頼んでもミエを説得することは難しいだろうと、彼に伝えた。

 すると、もしミエが会いたくないと言い張った場合には、自分はもう長くないかもしれないから、ミエの母親が死んでいることを伝えて、ずっとそのことを隠してきたことを謝ってほしい。ミエに真実を伝えてほしいと言われた。そして、このお墓の場所についても、自分が死んでしまったら、ミエに伝えてほしいと言われたんだ」


「その後、ミエに母さんが死んでいること伝えたんですか?」


「何度も言おうとしたが、言えなかった。ミエはその頃、母親を助けるために、すべてをかけて薬を開発していた。彼女にとって母親がすべてだった。その気持ちだけが彼女を支えていたんだ。もし、真実を言ったら、彼女は壊れてしまうと思ったんだ。

 ……でも結局のところ、それはただの言い訳だな。私は、怖かった。自分を守ることしかできなかったんだ」


 どこから僕と北田さんの会話を聞いていたのだろう。ミエが背後からを声をかけてきた。


「本当に自分を守りたいなら、言ってしまえばよかったのに」


 ミエは責めている感じや、驚いた様子はない。きっと、母さんのことは随分前に気がついていたんだろう。


 とても開放的な丘の頂上に墓地はあった。母さんの墓はシンプルで、特に凝った装飾もなかった。それは母さんのためだけに作られた個人墓で、母さんの墓だとバレにくくしたかったのか、墓石の表には生年月日と歿年月日だけが記され、墓石の裏に名前が彫られていた。


 北田さんとミエ、僕の三人はしばらく何も言わず、その場で各々に時を過ごした。


   ◇     ◇     ◇


 ミエと北田さんが去った後、僕は一人で母さんの墓に向かって話しかけた。


「母さん。ここはなんて明るいんだろう」


 墓の立つ丘からは海が一望できる。僕は指輪を右手の人差し指から抜くと、母さんの墓前にそっと置いた。


「母さん。あなたを助けたかった」


 墓跡に刻まれた生年月日を見て、僕は確かにあなたの息子なのだと思えた。

 僕が記憶が回復すると信じていた二月八日は、母さんの誕生日だったんだね。

 僕は記憶を奥深くに閉じ込めても、母さんをずっと探していたんだと思う。


 少しの間だけ、目を閉じて、気持ちを切り替える。


 僕は母さんの墓を後にし、駆け足でミエと北田さんを追いかけた。


   ◇     ◇     ◇


 駐車場に戻ると、北田さんの姿はなく、ミエが海を見渡せるように設置されたベンチに座っていた。


「北田さんは?」

「車に乗り込もうとしたら、レインが飛び出しちゃって、からかって逃げるレインを追いかけて行ったわ。まあ、しばらくしたら戻ってくるでしょ」


 ミエと再開したのは昨日の夜なのに、ギクシャクするほどの距離は感じない。


「ねえ、カイはお母さんのこと、どこまで覚えてる?」

「どこまでって……。僕は、母さんが死んだ時のことはまだ思い出せないよ」

「そっか」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る