(065) Area 15 Everybody hurts 素性
--素性-- #カイ
カタ、カタカタカタ。カタカタカタ。
いつのまに眠っていたのだろう。どこからか聞こえてくる騒がしくはないが耳に残る音に起こされて目を開けると、いつの間に戻ってきたのか、カウンターの向こう側で神作博士が何やら調べ物をしていた。どうも、神作博士の使っている古い機械から音がしてきているようだ。後で知ったことだが、博士が鳴らしていたカタカタという音は、旧式のキーボードを打つ音だった。
ソファーにはリクの姿はなく、リクが座っていた場所にはオレンジ色の毛の長い猫が丸くなって眠っている。
「あの、リクさんはもう帰ったんでしょうか?」
僕が声をかけると、画面の向こう側から博士がひょっこりかをを出した。
「おぉ、やっと起きたか。リクならレインと夕飯の買い出しに行ってるぞ。雨が降る前に買い物を済ませたいって言ってたな。今日は夕方から雨だからな。それよりカイ、ちょっとこっちにきてみろ」
僕が呼ばれた方へ向かい歩き出すと、眠っていたはずの猫が急いで追いかけるように僕についてきた。
「神作博士、この猫の名前はなんていうんですか?」
「コネコだ」
「子猫? こんなに大きいのに??」
「ああ、子猫の時に名前つけるのがめんどくさくて、ずっと子猫って呼んでたらな、他の名前じゃ反応しなくなっちまったんだ。だから諦めて、コネコって名前にしたんだよ。まあ、コネでも一応反応するがな。リクにはずいぶん長い間『何でもっと早くちゃんとした名前を付けなかったの?』って言われ続けたが、俺は名前なんて何だっていいよ。子猫の時から勝手にここに住み着いてるだけなんだからな」
コネコは僕に追いつくと、隣にぴったり張り付くように歩いている。
「へぇ、そっか、君は『コネコ、コネコ』って何度も繰り返して呼ばれてたんだね。それなら、ココネでも反応するかな? そのほうがちょっと響きがよくて名前っぽいよ」
博士は、名前はどうでもいいという様子で、パソコンに向き直ってしまった。
「な、ココネ。ココネの方が可愛いよな?」
並んで歩いているコネコを見下ろし、そう問いかけると、コネコは満足そうに僕を見上げて、「ミャ」と小さな声で返してきた。
オヤジさんの場所を出てからずっと張り詰めていた気持ちが、レインやコネコのおかげでほぐされて、少しずつ楽になってきている。確かに、状況はまだわからないことや不可解なことだらけだけど、とにかく今はあまり思い詰めないようにしよう。
「博士。僕、コネコのこと、ココネって呼んでもいいですか?」
「なんだ、突然声が大きくなったな。名前のことは好きにすればいいさ。どっちみち、俺が決められる問題じゃないしな」
カウンターまで来ると、僕はは博士の隣の椅子にかけて、パソコンの画面を覗き込んだ。
「そんなことより、これを見てみろ」
博士は、画面に映る情報を指差した。約107件。
「えっと、これは何ですか?」
「お前の苗字の検索結果件数だよ」
「少ないですね」
「おまえが寝てるうちに、リクに頼まれてさっと調べてみたんだが、『
そう言われても、どうなんだろうと僕は首を傾げた。
「わかりません」
いつものことだが、過去のことを聞かれてもなんとも答えようがない。ただ、やっとマイクロチップに登録されている名前がわかったのに、自分のことを知ることができないのは、ひどく残念だった。
この時の僕はインターネットの検索結果にかなり困惑していたが、表情には出さなかった。それでも、頭の中で不安が広がっていくのを感じていた。まるで、自分は存在していなかったと言われているような気がしてならなかった。
確かに神作博士が言う通り、どうしてネット上に『鷺沼』の情報がほとんどないんだろう。DA3ならともかく、ここはDA2で、少なくとも表向きはネット上の情報規制はないはずなのに……。
「あの、僕は本当に『鷺沼カイ』と言う名前なんでしょうか?」
「普通に考えれば、チップに登録されている情報は絶対だ。国に登録されているPersonally Identifiable Information——つまり、個人識別情報——がリアルタイムでで反映されてる。だか正直なところ、俺には、なんとも言えんな。どんなシステムにも、抜け道やバグはあるだろう」
「そうですか……」
「ただ、おまえの体内に埋め込まれたチップには、『鷺沼カイ』と言う名前が記録されているというのは事実だ。そして、そのチップは素人がそう簡単に、好き勝手に書き換えられるものじゃない」
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