(038)   Area 22 Untold 協力

 --協力--#カイ


 リクはどうして僕を助けにきてくれたんだろう。


 目の前に舵と柏原さんが現れても、僕はそのことばかり考えていた。


「この女がお前をこっちの地区に連れてきたのか?」

「そうよ」


 僕が答える前にリクが舵に答えた。舵はリクを見て、リクの気の強さを感じ取ったのだろう、僕にではなく、リクに直接質問をし始めた。


「カイに聞いた、あんた、勘がいいらしいな」

「どうかしら、自分ではよくわからないわ」


 なんだか喧嘩を売っているようにリクの口調が冷たい。この二人の会話に首を突っ込むのはよした方がいいだろう。


「このガキが、あんたが俺たちに協力すれば、俺たちは目的を果たしやすくなると言ってな」


 舵の口調が悪くなればなるほど、リクは冷淡な目で、舵を見返す。


「何のことかわからないけど、自己紹介もしないまま自分の問題に他人を巻き込むなんて、失礼じゃない?」


 リクは氷の女王のように言葉の節々に氷柱つららのような冷く鋭い針を忍ばせている。わざとなのか、冷たいリクが素なのか僕にはわからない。そんなリクに対して柏原さんが、自己紹介をし始めた。


「これは失礼。私は柏原京かしわばらけい。こっちは仁科舵にしなかじだ。二人ともMCUの破壊とMCPの解放を実現し、DA3に住む人々の人権を回復することを目的に活動している」


 リクは柏原さんに視線を移した。


「カイを人質にしたのも、その目的を達成するためなの?」

「その通りだよ。カイくんはこの問題を平和的に解決するためのキーパーソンと言える」

「平和的解決を望む人が、人を連れ去ったりするのかしら?」


 柏原さんは冷静にリクの問いに答えていく。


「確かに、君の言い分はよくわかる。たけど、僕らが望むのはMCUの破壊とMCPの人権の回復であって、そのために人を殺したり、国を崩壊させようとはしていない」


「誰しも、自分のすることを否定的に語りはしないわ」


「そうだね。私たちは自分が望むことに対して、完全に客観的ではいられないかもしれない。それでも、できる限り正しくあろうとしている」


「私が脅迫状を配達することになったのは、偶然じゃないわよね」

「私たちが仕組んだことだ」


 柏原さんの答えにリクは表情を変え流ことなく、淡々と質問を続ける。


「配達を依頼した人は誰?」

「その場限りのコマだよ。詳しいことは何も知らずに、私たちが支持した通りに君に依頼したんだ」

「バイクが転倒したのもすべてあなたたちの仕業?」

「ああ、バイクは遠隔でハッキングして誤作動を起こして転倒させた。その時に、もし君から仕掛け人が話しかけられなかった場合には、こっちから話しかけるように指示してあったんだ」


 リクが少しだけ眉をしかめた。


「どうして私に配達を依頼したの?」

「君という人間について、知りたかったからだ。ミエと知り合いなのかどうなのかも、封筒を渡したら、宛名を見たときの反応でわかると思ってね」

「まあいいわ。あなたたちの言い分や詳しい話は後で聞くから、もう少しカイと二人にしてくれない?」

「わかった。話が終わったら呼んでくれ」


 柏原さんが舵を促すように肩に手を置くと、舵は素直に従って、二人は部屋から出ていった。

 僕にはリクと柏原さんのやりとりが妙に事務的でならなかった。この状況で淡々とやりとりができるなんて、この人たちは、今までどんな人生を生きてきたんだろう。


   ◇     ◇     ◇


「カイ、この部屋は盗聴されているかしら?」


 二人が出て行ってからすぐ、リクが僕の耳元で囁いた。


「どうだろう。機械音はこの部屋のどこからもしないし、盗聴器が仕掛けられた様子はない。だけど、あまり大きな声では話さないほうがいいと思う」


「そうね。さっきの会話中に彼らの記憶を読もうとしたけれど、目を合わせたのが一瞬だから、表層の記憶しか探れなかった。でも今のところ怪しいことは何もなかった。一応は信じていいと思う。それより、私が配達に行った後に何があったのか教えて」



 僕はリクが配達に向かった後に、キッチンで気を失い、倉庫で目覚めてから、彼らに協力すると決意するまでの経緯と、リクを倉庫で見つけた時の状況について説明した。



 一通り話し終わると、僕はリクの目を見ようとした。けれど、リクはあえて目線を逸らしてきた。リクは僕の記憶を読みたくないんだろうか?


「カイは本気であの人たちに協力したいの?」

「うん」

「利用されているだけだとしても?」

「うん。それでも、僕は自分のことを知るために彼らに協力する」

「自分のことを知ることがカイの目的なの?」

「僕はDA3にいる人たちを自由にしたいと思う。でも、わがままなんだろうけど、それ以上に自分のことを知りたいと思っている」


 僕の答えに、リクは頷いた。


「なら、私も手伝うわ」


 リクは、一瞬迷っているような表情をしたあと、僕にさらに質問をした。

「あと、舵が言ってた『このガキが、あんたがいれば俺たちの目的を果たしやすくなると言ってな』ってどういうこと? 

 カイはいつ、そう言ったの? 

 私を地下に連れて来てから言ったことなの? 

 それとも、目的を果たしやすくなるから、そう言ってから私を連れて来たの?」


 僕はもう一度リクの目を見て話そうとしたが、リクはやっぱり目を合わせてこない。

 どうして目を逸らすんだ? 本当のことを知りたいんじゃないのかな?


「ここに連れてくる前に言った。そう言ったら、リクは怒る?」

「そうね。少なくとも私を利用するためにここに連れて来たことになるから、いい気分はしないわ」

「そうだよね。ごめん。リクを連れてくる前に、舵と柏原さんに『知り合いに勘がいい人がいるから仲間に加えたい』と言ったんだ。でも正直、倉庫でリクを見つけた時には、どうしてここにいるのって思った。できれば一緒に来て欲しかったけど、君を本気で巻き込むつもりはなかった。

 倉庫には、門崎ミエという僕の姉が来ているかもしれないから確かめに行くぞと、舵に言われて行ったんだ。だから、リクの気が進まないなら、もうこれ以上は何も頼まないし、リクは地上に戻るなら追いかけたりはしない」


 リクが能力を使ったら、リクに僕の気持ちがどれだけバレてしまうんだろう。僕は、リクを巻き込みたくない反面、彼女の能力がいろいろなことに役に立つことを自覚していた。だから、できれば一緒にきてほしかった。だけど、そんなことは、正直に言葉に出して言えなかった。自分の汚い部分を知られたくなかった。


 リクは押し黙り、目を閉じた。


 瞑想しているのか、回想しているのか、何か考えているのか、僕にはわからない。ただ、目を開けたリクは少しだけ気が晴れたように見えた。


「行きましょう」

 リクの声はいつもより少し高い。

「わかった。ありがとう」

 僕はドアを開けて、舵と柏原さんを呼んだ。


   ◇     ◇     ◇


 ドアを開けると、舵のおばあさんのサシャが居間の奥にあるキッチンで夜食を作っていた。


「今はこの家にはあなたたち以外には私しかいないよ」

「二人はどこに行ったんですか?」

「さあね」


 サシャは小さなキッチンに似合わない大きな鍋に入ったスープをお玉でゆっくりと混ぜている。


「リクといったね。今日は疲れただろう。これでも飲んで一晩休むといい」


 僕とリクは黙ってサシャを見ている。


「二人とも、自分の意思でここにいるんだろう?」


 自分の意思でここにいる……。そうだ、自分で決めてここにいる。だけど、なぜか返事ができない。


「嫌なら今すぐ逃げるといい。私は追わないから」


「あの、サシャさんは舵さんを信じますか?」

 思いもよらない質問をリクが放つ。


「あぁ、そうだね。信じているよ」

 サシャは淡々と答える。


「なら、私は逃げません」

 僕にはリクがなぜ、サシャが舵を信じるなら逃げないのかわからなかった。


 サシャはメトロノームのように正確なリズムを刻みながらスープをお玉で混ぜている。僕は不思議とそのリズムから逃れられず、催眠術にかかったように意識が遠のいていくことに気がついた。怖くなって、必死に首を左右に勢いよく振って意識を現実に引き戻した。



 サシャは大きめのマグカップにスープをよそいで、そこにクルトンを入れると、スプーンと一緒に僕とリクに手渡した。スープを飲んでいる間、僕は一言も喋らずにリクとサシャの脈絡のない会話に耳を傾けていた。スープは唐辛子がよく効いていて体の芯まで温まった。



 僕たちは、舵と柏原さんをしばらく待ったが、二人が戻ってこないので、さっきまでいた奥の部屋に戻ることになった。



 部屋に戻ると、リクはレインを抱いてソファーに座った。リクは何も言わずにじっとレインの頭を撫でている。僕は部屋の片隅にあったマットレスを入り口の近くに敷いた。僕はリクと話がしたかったけれど、ひどく疲れていて座っているのがやっとだった。


 しばらくするとリクはレインを撫でる手を止めて、今日の午後に配達に行ってから僕と倉庫で再会するまでに、誰と会って、何が起きたのかを詳しく話してくれた。一通り話し終わると、リクはまたレインの頭を撫で始めた。

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