第8章 お姉ちゃんと僕
(061) Area 16 With... 記憶のかけら
--記憶のかけら-- #カイ
次の日の朝、僕はココネの立てる音で目を覚ました。神作博士は昨日の夜出かけたまま帰ってきていないようだ。どこかで犬が吠えているのが聞こえてくる。レインの鳴き声ではない。
冷蔵庫に『ご自由に』とメモが貼ってあったので、冷蔵庫からヨーグルトを出し、戸棚のミューズリーに手を伸ばした瞬間、足元でココネが鳴いた。ミューズリーの箱の隣にはキャットフードの缶が積まれている。
「どこにご飯があるか、よく知ってるなぁ。すぐあげるから、ちょっと待って」
僕はしゃがんで冷蔵庫の横にあったココネ用のプレートを手にした。その時、突然男の子の声が聞こえてきた。
"ねえ、僕があげていい? 今日は僕があげる"
僕は辺りを見回したが、誰もいない。それどころか、さっきまで聞こえていた犬の吠え声も消えてしまったようで、何も聞こえない。十秒、一分、いや数十分? 時間の感覚が失われていく。
「ミャー」
沈黙を破るようにココネが鳴いた。
「気のせいか……。そうだよね。耳が良すぎるせいで、外から何かの声が聞こえてきただけだよね」
ココネは僕の言っていることなど気にもしていないようで、ミャーミャーとキャットフードを催促し続けている。僕はだだ缶を開けたいだけなのに、催眠術にかかったように力が入らない。
「ちょっと待って、すぐにあげるから」
なんとか缶を開けてココネ用のプレートにキャットフードを入れたけど、僕はさっきまであった食欲がすっかりなくなってしまい、すとんとキッチン横のカウンターの椅子に座り込むと、力の入らない手をのろのろと動かしてミューズリーを少しだけ食べた。
◇ ◇ ◇
今日は予定通り、タブレットの写真に写っている場所に行く。
歩いて行くには多少距離があるようなので、昨日のうちに博士にリュックと水筒を借りておいた。目に埋め込まれたレンズに接続できるスマホは便利だけど、博士に監視されているかもしれないのはやっぱり気味が悪いから持って行かないことにした。
朝食後、水を入れた水筒とタブレット端末をリュックに入れて、僕は一人、写真の場所に向かい出発した。歩き出して数分、早速、初めて通る道に差し掛かった。昨日のうちに道は地図で調べておいたので、何とかなるはずだ。
「ちょっと待ちなさいよ!」
振り向くと、こっそり出かけたはずなのに、リクが背後から鬼のような
「何で勝手に出かけるのよ」
「一緒に行くなんて一言も言ってないけど……」
「道もわかんないくせに、ごちゃごちゃ言わないの!」
「道くらい、ちゃんと調べてきたんだからわかるよ」
「前をよく見てみなさいよ」
リクに言われて、目線をリクから道に戻すと、大きな看板と白い壁が目に入ってきた。
「工事中?」
「ね? 困るでしょ?」
リクは、してやったりと、満足げな表情でカイを見返した。
「それにしても本当に行くの?」
リクは肩から下げたバックがらリンゴを二個取り出すと、そのうち一個をかじりながら、残りのもう一個を僕に向けて投げた。
よほどコントロールがいいのか、リンゴはすっぽりと僕の手の平に吸い込まれるように落ちた。
「食欲ないんだ」
「わかってる。でも食べたほうがいいよ」
リクは言い出したら聞かないことが徐々にわかってきた僕は、それ以上言い返すことなく、リンゴを一口かじった。
「で、本当に行くの?」
「行くに決まってるだろ? 他に何の手がかりもないんだから」
僕は少し投げやりに返事を返した。
「行ったって古い建物はほとんど残ってないわよ」
「それでも行きたいんだ」
「仕方ないわね。ついてきて」
リクはため息をついたが、静かにそう呟くと歩幅を広げて歩き出した。
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