(003) Area 33 To love and be loved そして、時はめぐる
--そして、時はめぐる--#ミエ
DA1・2・3の状況は、その後、数ヶ月間で目まぐるしく変化した。
これらの地区では政府のさまざまな機能が崩壊し、一から立て直すことが必要になった。
人々は、今までよりも柔軟な行動が求められているが、時代の流れは確実に明るい方向に向かっている。
MCPが解放され、MCUが破壊された事実が世間に広まった後、国立第四脳科学研究所や政府の多くの機関にて多くの職員が相次いで退職したり、何も言わずに去っていった。
僕は、MCU破壊時に国立第四脳科学研究所内にいた僕たちが、政府や脳科学研究所、そして警察や検察などの捜査機関からMCU破壊の疑いをかけられ、捜査の対象となることは避けられないと思っていた。
しかし、(海辺の隠れ家に来てから知ったことだけれど、)全員が第四脳科学研究所を脱出した直後に、北田さんが遠隔で、事前に設定しておいたプログラムを発動させて研究所の監視カメラや入構記録などのセキュリティーデータを消去しておいてくれたおかげか、今のところ僕たちに対するさまざまな組織や機関の動きは確認されていない。
それでも念には念をと、北田さんは博士と協力して、世の中のどさくさに紛れて、計画に関わった全員がもしもの時に完全な別人として生きていけるようにと、一人ひとりに新しい名前や経歴、ID番号(Social Security Number)などの個人識別情報(Personally Identifiable Information)を用意してくれた。
用意された名前やID番号を受け取とった時『北田さんと博士が本気を出せば、国の一つや二つ簡単に崩壊してしまうのではないだろうか』と思えて、僕は少し寒気がした。
すべての問題を一瞬にして解決することはできないけれど、少しづつ明るいニュースが耳に入るようになってきている。
MCUの破壊の数日後には、政府が長年隠し続けていた凍結装置と凍結体に関するデータが匿名で暴露され、凍結体施設は廃止に追い込まれ、自分の意思とは関係なく凍結されたすべての凍結体が解凍された。
その後しばらくして、船引さんから連絡があり、凍結体の中に穴見さんを見つけたこと、彼は薬で記憶を取り戻し、家族と再会できたことを知った。
MCP孤児の問題も周知され、市民権を得て国籍の取得を可能とするために、さまざまな団体が動き始めた。
小春さんは旦那さんと再会できただろうか?
牧さんは、薬を飲んで僕のことを思い出してくれただろうか?
永薪食堂の常連客の人たちは、どうしているのだろう?
……みんな、自由に過ごせているだろうか?
◇ ◇ ◇
博士はあれから間もなくして、雪の降る日に眠るようにして旅立っていった。短い期間だったけれど、ミエと僕は、ひいおじいちゃんと毎日コーヒーを飲みながらたくさんの話をした。一緒に料理をしたり、トランプやチェスで遊んだりもした。
眠れない夜には、この世界について話すこともあった。
母さんが夢見ていた、おじいちゃんとの時間を僕らは過ごすことができた。
隠れ家での時間は、僕にとって平和で穏やかな『幸せ』そのものだった。
それでも、時々眠れなくなることがあった。
ある夜、僕は、自分の中にある記憶が蘇って、苦しくて辛くて動けなくなってしまい、窓の外の景色をじっと見つめていた。その時、トキさんの家に泊まったあの日、妙に目が冴えて、真夜中になっても眠れずにいた僕に、縁側に座ったトキさんが語りかけてきた子守唄のような言葉が、ふと蘇ってきた。
『思い出なんて、その時どう思い出すかによって、いい思い出にも、悪い思い出にもなる。
万華鏡を覗くと見える景色みたいに、入っている欠片は同じでも、欠片の位置が少し変わるだけで違う模様が浮かび上がる。奇妙な世界に見えたり、綺麗な宝石箱だったり。感じ方は一つじゃないし、そこから生まれる感情も、その時々で異なる。
苦々しい記憶も、見方が少し変わるだけで、感じ方が変わって、すべてを許してしまうことさえある。
どんな記憶も、時間が経つと薄れゆくものだ。そうやって、誰もが変化しながら、この世界を生きているんだ』
◇ ◇ ◇
それから時間は思いのほか早く流れて、気が付くともう、母さんの誕生日になっていた。
世の中は相変わらず混沌としているけれど、少しずつ新しい世界が機能し始めている。
ミエは、数日前からDA2にある自分のアパートを片付けに行っていたが、今さっき、リュックを一つだけ背負って、海辺の隠れ家に戻ってきた。
「ミエ、おかえり。アパートの片付けは全部終わったの?」
「うん。いらないものはもうすべて捨ててきたわ」
ミエが持ってきたものは、何年も住んでいた場所を片付けた割には、物が少ない。
「持ってきたもの、随分少ないね」
「なんだか、私のものは、研究に関する資料ばかりで、大したものがなかったのよ」
ミエは少し寂しそうだ。研究がミエの人生のすべてだったのだろう。
「でも、そのおかげで薬ができたんだから」
「そうね。ありがと」
ミエは気を取り直した様子で、リュックのポケットから封筒を出した。
「それより、これ」
封筒はすでに封が切られていて、中に紙が数枚入っているのが見えた。
「手紙?」
「今朝アパートに届いたの。お母さん、自分の誕生日に配達されるように依頼してたみたい。なんで去年じゃなくて今年送られてきたのかよくわからないけど……。
しっかりしてるように見られる割には、実はおっちょこちょいな人だったから、多分間違えちゃったのね」
僕は封筒から三つ折りになった手紙を出して、ゆっくりと開いた。
手書きの母さんの字を見ると、不思議と母さんの声まで蘇ってきた。
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大切なミエ、カイ
一体何から伝えればいいのかしら。
このメッセージをあなたたちが読んでいるということは、
私はもうきっと、死んでしまったのね。
もしかしたら、薬の過剰摂取による自殺として、片付けられてしまったかしら。
だけど、私は自殺はしないわ。でも、薬が私を殺しかけていることは事実なの。
私は、あなたたちとの時間を犠牲にして、薬の開発を続けた。
わがままな母親でごめんなさい。
ミエやカイともっと遊んだり喋ったりして過ごしたかったな。
もし人生をやり直せるなら、今度は絶対に二人を離さない。
私はおじいちゃんから引き継いだMCUを完成させてしまった。
私はいつも、あなたたちの曽祖父である雲海、
つまり私のおじいちゃんと話がしてみたかった。
でも、おじいちゃんは機密保持の重圧から逃れるために、
私が生まれるよりずっと前に、自分自身を凍結してしまったわ。
おじいちゃんは、誰にも言えない記憶を消してしまいたかったようで、
自分を凍結する前に、私のおばあちゃんに夢物語を話していたの。
そして、その夢物語は、現実可能なほど研究が進んでいた。
私は幼い頃から、その話を何度もおばあちゃんから聞いて育ったから、
いつか実現させたいと、ずっと思っていた。
現実は皮肉なものよね。
結局、私が実現化した技術は多くの人を不幸にしたわ。
私は後悔している。
記憶を制御するなんて技術は誰も幸せにしない。
だから、装置による記憶制御を無効化する薬の開発を始めた。
そして、試作品ができるたびに服用しては、副作用があるかどうか調べてきたの。
でも、悔しいな、
もう少しで完成しそうだけど、もう体が持ちそうにない。
私はあなたたちを守れなかった、
強さが足りなかった。本当にごめんなさい。
ミエ、あなたは責任感が強いから、
すべてを自分のせいだと思い込んでしまうかもしれない。
カイ、あなたは深く考え込むたちだから、
この世に意味なんてないと思ってしまうかもしれない。
だけど、生きていることが辛くなっても、
自分を責めないで、
思い詰めないで。
あなたのそばにいる人たちと笑顔で過ごしてほしい。
これからは、過去に囚われず、穏やかな日々を過ごしてね。
二人のことをいつも思っています。
もっとちゃんと、言葉にすればよかった。
大好きだよ。
お母さんより
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