(090) Area 8 Moratorium 現実
--現実-- #海
穴見さんが部屋から出て行くと、僕はあらためて部屋の中を見渡した。
壁も床もコンクリートでできた殺風景な部屋には、今僕が横たわっているマットレスの他に、生地が擦り切れて傷んだソファーと合板でできたテーブル、そして簡素なパイプ椅子が二脚があるのみだった。一脚はテーブルの脇に、もう一脚は小さな窓際に置かれている。窓際の椅子の上には十冊ほどの本が積んであり、椅子の下にも数冊の本が散らばっている。ゴミ箱はなく、部屋の片隅に置かれた黒い袋に紙屑が詰め込まれている。部屋の端には洗面台があり、歯ブラシとコップが置かれていた。
簡素な部屋だった。
昨日から状況が変化しすぎて頭が追いつかない。
体が重くて持ち上がらない。
僕はしばらく部屋の天井を眺めながら、昨日の夜のことを思い出そうとした。
順序立てて起こった出来事を思い出そうとしたが、どうも集中できなくて、落ち着いて考えられるようになるまで大分時間がかかった。
断片的には記憶が蘇ってきたけれど、その光景はすべては夢の中の出来事のようで、時間が経てば経つほど、現実味が薄れていく。
昨日の出来事は夢じゃないんだろうか。
オヤジさんは本当に死んでしまったんだろうか。
オヤジさんのことを考えると、心がちぎれてしまいそうになる程、痛くて苦しい。
一体どうしてあんなことが起こったんだ?
怖くて仕方がない。
……だけど、ちゃんと、考えないと。
とにかく、あの火事から思い出してみよう。
どうして火事が起きたのか。
あの火事が事故ではなく故意に引き起こされたことは、まず間違いないだろう。
火が瞬く間に食堂中に広まったことと、キッチンの床が濡れていたことから考えると、おそらく床には油が撒かれていのだと思う。
テーブルには見覚えのないキャンドルホルダーがあり、床にはキャンドルが落ちていた。キャンドルに火をつけようとした誰かが、手を滑らせ、キャンドルを落とし、僕の足音を聞いて急いで裏口から逃げ、外から火をつけたのだろうか?
いいや、オヤジさんのところに駆け寄ったあと、何かが爆発するような音がキッチンの奥の方から聞こえた。キッチンに火が上がったタイミングからして、あの音と同時に油に火が付いたのだろう。
次に、なぜオヤジさんが足を折られ食堂に倒れていたのか、その理由はまったくわからない。加えて、オヤジさんの体は痺れていた。
何かの薬を飲まされたのだろうか?
それとも何かの発作で倒れたのか?
もしかしたら、オヤジさんは病気だったのかもしれない
オヤジさんが、そんなそぶりを見せたことは一度だってなかったけれど……。
オヤジさんに出会ってから四ヶ月ほどの間、店のお客さんとのトラブルはなかったはずだ。もちろん僕が食堂に来る前のことはわからない。けれど、お店やオヤジさんに関して、おかしな噂を聞いたことはなかった。それとも、僕だけが何も知らなかっただけなのか?
オヤジさんはあっという間に動かなくなってしまった。
火は急速に広がり、大きくなった炎に飲み込まれていくオヤジさんを背に、食堂の外に逃げ出た。
あの時のオヤジさんはもう、息がなかった。あの状況ではどうしようもなかった。
だけど、本当にオヤジさんを連れて逃げる方法はなかったんだろうか?
本当に、あの時の決断は間違っていなかったのか?
本当に、他に何もできることはなかったんだろうか?
たとえすべてが焼け落ちた後だとしても、一刻も早く食堂に戻って、この目で事実を確かめたないといけない!
今更焦っても何も変わらないのに、この時の僕はパニックに陥っていた、考えるよりも先に急いで立ち上がろうとして、勢い余って、痛めていた足をさらに捻ってしまった。僕は足を抱え込んでマットレスに倒れこんだ。
「ウゥ……」
くそ、こんな足じゃ普通に歩くことさえできない。これからどうすれば……。
冷静になれ!
あれだけの火事だったんだ。食堂にあったものはきっと何もかも燃えてしまっただろう。
そう、何もかも……。何もかも燃えて?
違う。残っているものがある。タブレット端末があるじゃないか!
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