(058)   Area 17 Someone in my head 時の狭間

--時の狭間-- #カイ


 カチ、カチ、カチ。止まっているはずの時計の音が聞こえる。


 カチ、カチ、カチ。


 僕はまだ夢を見ているのだろうか?


 僕は壊れた時計だらけの部屋にある椅子に座って、テーブルに顔を埋めるようにして、うつ伏せになっていた。


 顔を上げると、残像のように、あるいは雲がかかったように、すべてがかすんで見える。僕の目の前では、リクとばあばがお茶を飲みながら話している。二人の会話はボワボワと耳の中で響き、上手く聞き取れない。


 さっきまで二人と一緒にいた部屋に戻ってきた。

 いや、夢から覚めただけか……。


 時間が経つとともに少しずつ耳が慣れてきたのか、二人の会話が聞き取れるようになってきた。僕はまだ朦朧もうろうとした意識の中で、二人に話しかけた。


「ごめん、眠っていたみたいで」


 でも、二人は僕の言葉を気にも留めない。


 声が小さすぎたのだろうか? 二人とも、僕の方に振り向くこともなく会話を続けている。


「あの……。あの!」


 僕は身を乗り出し声を張り上げた。それでも、やっぱり二人は見向きもしない。


 間違いない、二人に僕の声は届いていないんだ。




 僕が途方に暮れていると、部屋のドアが開き、さっき夢の中で見た少女が目の前に現れた。


 しかし、リクとばあばはその少女にも気を止めることなく話し続けている。


 部屋の外から声が聞こえる。どこかで聞いたことがある声だが、少しトーンが高い。誰だろう?


 ドアが開き、姿を現した人は、リクと話しているはずのばあばだった。でも、杖はついておらず、少しだけ若く見える。『ばあばの妹だろうか?』と考えながら、僕はその年配の女性と少女を目で追った。



"ねえ、ばあば。私、お母さんみたいになれるかな?"


"きっとなれるよ。みっちゃんは賢いからね"


 ばあば? みっちゃん……。


"よかった"


 少女はホッとした様子で、ばあばと呼んだ人の顔を見上げている。僕は夢でも見ているのか?


"でもね、ばあばはね、みっちゃんにはお母さんみたいになるんじゃなくて、今のまま自分らしい子でいてほしいよ"


 少女は、若いばあばが言うことに納得できず、釈然しゃくぜんとしない表情をしている。若いばあばは何か話し続けているが、僕にはその声がどんどん遠くなっていく。


 そして、そんな二人には見向きもせずに、現在のばあばとリクは話し続けているが、僕にはリクたちがさっきからほとんど動いていないように見えた。


 まるで、二人の時間だけがゆっくり進んでいるようだ。そっか、僕はまだ夢を見てるのか……。


 時間が歪んだ二つの風景の狭間はざまに置かれた僕は、違う時間軸で起きている二つの出来事を眺めているようだ。




 少女と若いばあばの声が、少しずつ大きくなって、また僕の耳に届いた。


"お母さんのことをすごいってみんな言うのに、私はお母さんみたいにならなくていいの?"


"みっちゃんのお母さんはすごい人だけど、みっちゃんは、みっちゃんだよ。同じになる必要はない。それを忘れちゃダメだよ"


 『それを忘れちゃダメだよ』という、ばあばの言葉が耳に届くと同時に、僕の目の前の景色が突然変わった。そして、僕の目にはまた小さな手の平が映った。


 僕は時計の部屋の椅子ではなく、ばあばの家の前の玄関に腰掛けているようだ。


 庭はさっき見た庭とは似ても似つかないほど手入れされており、色とりどりの花が咲き乱れている。


 頭の中がぐるぐると回転したかのように揺れていて、吐き気が止まらない。『こんな夢、早く覚めてくれればいいのに』と、僕は心底思った。


 それでも目は覚めず、体調は悪化するばかりで、体を抱え込むようにしながら玄関に座っていた。




"カイ、早くきて! ばあばが大変!"


 お姉ちゃんの声だ!


 パニックに陥った声に反応し、振り向くと、ばあばの家の玄関のドアは開いていて、小さな靴と、大きなサンダルが一足ずつ目に入った。僕は立ち上がると、急いでキッチンに向かった。


 短いはずの廊下が異常に長く感じる。


 キッチンまでくると、真っ先に少女の姿が目に入ってきた。そして、その少女の奥で、ばあばが床に倒れていた。


"いやだ、いやだ、いやだ……!"


 僕は叫んで、叫んで、それでも何とか救急に電話をかけた。オペレーターの冷静な声が聞こえる。僕は必死にオペレーターの問いに答えた。


 僕は自分の声が部屋中に響き渡る中、目眩めまいに襲われ、ぐるぐると回転しながら、どこまでも、どこまでも深い闇の中に落ちていった。

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