(017)   Area 29 Treasure 罪悪感

 --罪悪感-- #カイ


 北田さんに続いて非常口から薬品庫の外に出ると、螺旋らせん階段が建物内を突き抜けるように、下から上に伸びていた。


「ここは建物の中心部で、この螺旋階段は一階から七階まで筒抜けになっている」


 階段の手すりに捕まって下を覗き込むと、一階の白い床が小さく丸い点のように見えた。


 薬品庫を爆発したら、この建物が破壊されるだけではなく、建物の外にいる多くの人に被害が及ぶかもしれない。僕は、僕が薬で自分の記憶を戻さないせいで、危険な爆破計画を実施しなければならないかもしれないことに強い罪悪感を感じていた。


 七階の踊り場に着いた時、僕は意を決して言った。


「僕、薬を飲みます」


 僕はポケットから薬の入った袋を出した。


「カイくん、君は本当にすべてを思い出したいのか? 僕は以前の君を知っている。君はいつも苦しんでいた。そして、君は……」


 北田さんがひどく焦っているように見える。


「あなたが僕に渡した薬じゃないですか! 今更どうしてそんなこと言うんですか?」


 僕はおそらくMCPじゃない。僕が僕の記憶をシャットダウンしたなら、思い出せない記憶の中には相当辛いことや受け入れられないことがあるに違いない。時折見る夢や聞こえる声には、消えてしまいたくなるほどの、死んでしまいたくなるほどの感情が渦巻いていた。


 それでも僕は、自分の気持ちと今の状況を天秤にかけることに限界を感じていた。


「無責任なことをしてすまない。ただ、私は君に選択肢を与えたかっただけで、苦しめたかったわけじゃない」

「でも、僕は誰も傷つけたくない!」

「じゃあ、君自身も傷つけないでくれ!」


 僕が薬の入った袋を開けようとした途端、北田さんが袋を取り上げて階段下に向けて投げてしまった。袋はどんどん降下していき僕の視界から消えた。


 わからない。わからない。僕は、僕は……。

 僕はどうして泣いているんだろう。涙が止まらない。

 僕は、一体……。


「北田さん。僕は、僕には、少しづつだけど、門崎カイのものと思われる記憶が蘇ってきているんです。だけど、何が真実で、何が夢で、僕は何を信じたらいいのかわからない。

 僕はどんな人間だったんですか?

 僕は誰か殺したんですか?

 人を傷つけて、そのことを忘れて平気な顔をしているんですか?」


 頭の中で色んな声が聞こえる。 


「北田さん。僕は、あなたが語る門崎カイという人間は確かに存在したんだと思う。けれど、僕の中に蘇ってくるカイは、こんな計画を実行しようとするほど強い人間じゃない」


「カイくん……」


「僕には、門崎カイが鷺沼カイになった理由もわからないし、どうして記憶制御施設でMCPになった説明を受けて、施設からオヤジさんの家に送られた記憶があるのかもわからない。すごく、ものすごく怖いんです」


 僕はパニックに陥っていた。床に座り込んで立てなくなった。


「私が今日、君をここに連れてきたのは間違いだったのかもしれない。すまない」


 北田さんはそう言うと、僕が落ち着くのをだた待ってくれた。僕の肩に置かれた北田さんの手は、小刻みに震えていた。

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