第42話

 人工島をずんずん進んでいくと、大きなアルマジロのような建物が見えてくる。オルカメッセ名古屋、A食品こども大会名古屋会場である。

 これまでの予選が行われていた会館とは違う雰囲気に、太陽は戸惑った。広くて天井の高い空間に、テーブルがびっしりと並べられていた。ステージに向かって観覧用の椅子もずらりと並べられていた。

「あれ、さっきの人たちは……」

 会場入りする際、大人たちが数十人入り口で待っていたのだが、すでに中に保護者達は入っていた。

「午後からのプロ棋士の対局を待ってるんだ」

「えっ、まだ何時間もありますよ」

「いい席を取りたいんだろうね。何と言っても今日は、辻村名人が来るから」

「辻村名人……」

 今日のトーナメントの対局は、辻村名人対琴田八段というカードだった。辻村は若くして新名人になり、現在最も注目されている棋士である。ボタンの多いスーツやマントといった独特なファッションでも人気があり、「辻村ガールズ」と呼ばれる熱狂的なファンがいる。

「結婚するまでは今よりすごかったよ。まあ、追っかけという奴ね」

 笑いながら話す百合草だったが、太陽はとても不思議だった。そんな芸能人のような存在のプロもいるのに、自分をわざわざ会場まで送ってくれる、それどころか困った時に家に泊めてくれるプロもいるのだ。将棋のプロというのは、身近なのか遠いのかよくわからない存在だった。

「僕も後で見れますよね」

「ああ。決勝まで残れば話せるかもしれない」

「ちょっと楽しみです」

 名人と言えば、プロの中でもトップに立つ人間のはずだ。どんな感じなのか、太陽は気になり始めていた。

「それはよかった。さあ、頑張ってきて」

「はい」



 予選は、楽勝だった。

 これまでの大会と違い、初心者や初級者も参加する大会である。太陽と同じブロックになった子供に、彼を脅かす力を持つ者はいなかった。

 決勝トーナメント一回戦が始まった。見たことのない相手で、名前も知らなかった。県外から来た子だったのである。これまでとは違う、しっかりとした手つきで駒を動かしてきた。それだけで、実力者だというのが予想できた。

 太陽は、慎重さを心掛けて指し進めた。この場にいる強豪は、おそらく誰もが太陽より実戦経験が豊富である。経験や勘を頼りにしていては、太刀打ちできないこともあるだろう。太陽はそう考え、丁寧に慌てず、時には慌てていないふりをして乗り切ろうと決めていた。

 一回戦の中で一番遅く、勝負は決着した。太陽の勝ち。ベスト8に、進出した。



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