第132話

「纐纈君には、好きな人いるの?」

 帰りぎわの沙代里の言葉が、太陽の頭の中でぐるぐると回っていた。

 寮に帰ってきても、太陽はずっと考え込んでいた。思わず「ちょっと、考えてみていい?」と言ったのが悪手であることははっきりしていた。

 自然な流れでそうなるかもしれないことは、気が付いていた。そういう話をするクラスメイトはたくさんいるし、学校のなかでもそういう人たちは見かける。

 ただ、太陽はあまりそのことを考えたくなかったのだ。

 幼いころから、幸福な男女を見てこなかった。両親はいつ離婚してもおかしくなかったし、離婚してすぐに母親は変な男と付き合い始めた。その男は父となって、家からいなくなった。金本も離婚していた、という話も思い出した。

 太陽は、幸せな男と女が想像できなかった。

 沙代里といるのは楽しい。二人でいるのを拒否する理由など、ないようにも思える。ただ、「好きな人いるの?」は、ずっと頭から離れない。

 一人でどれだけ考えてもどうしようもない気がして、太陽は電話帳を眺めた。誰かに相談できないか。誰に相談したらいいのか。

 そういえば、以前にもこんなことがあった、と太陽は思い出した。電話のアイコンを押す。

「はいはい、久しぶりやねー」

「あ、うん」

「どしたん」

「相談したいことがあって」

「纐纈君は、たまーに俺に頼るね」

「うん。なんか、頼れるのは畑山君かと思って」

 電話の向こうから、畑山の軽快な声が届いてくる。

「そやろなー、まあ、言ってみてよ」

「あのさ……好きな人がいるか聞かれた時、どう答えるのがいいのかな」

「わあ、そういう話か。大人になったなあ。というか、いるの?」

「わからない」

「わからないってことあるの?」

「うーん……あんまり考えてことなくて」

「えーと、候補がいるから悩むわけよね」

「そうね……」

「つまり、聞いてきた子と付き合うかもしれんけど、そうなると後悔するかもしれんと思ってるわけね」

「そうなのかなあ。そうかも」

「多分それは、好きやで」

「そう思う?」

「畑山先生はそういうの詳しいからね」

 太陽は唇を尖らせながら、前後に揺れていた。

「畑山先生、色々教えてください……」

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