第134話
一周約15分。ゴンドラに乗り込んだ瞬間に、太陽の頭の中でチェスクロックのボタンが押された。
太陽と鈴里は、向かい合って座った。次第に高度が上がっていき、視界が開けていく。
「今日はありがとう」
「え?」
「あんまりにもこういうところ来たことなかったから、どうしようって思ってた。でも、百合草さんが引っ張ってくれたから、何も考えずに楽しめたよ」
「私、強引な女みたい」
「そういう意味じゃなくて」
「ふふ。でもさ、纐纈君が誘ってくれた時の方がびっくりした。なんていうか……そういうことしない人かと思ってた」
「そう?」
「知り合った時から……だいたい私から話しかけてた気がする」
少しうつむいた鈴里の、長いまつげが目についた。太陽は、一度唾を飲んだ。
「喧嘩ばっかだったんだ、うちの親。だから、女の子と仲良くなったら、喧嘩ばっかりすると思ってた」
「纐纈君が? 想像つかない」
「気を付けようと思って、生きてきたよ」
「そうなんだ」
「そしたらさ、女の子ばっかりの学校に入ることになって。大変だよ」
「それも私のせいだ」
「百合草さんがいなかったら、高校にも入れなかったかもしれない」
遠くまで景色が見渡せるようになり、自然と二人は窓の外を見た。
「海が見える」
「あそこらへんが学校よね」
「僕……高いのは大丈夫だ。よかった」
あまりにも真面目な顔で太陽が言うので、鈴里は噴き出してしまった。
「なんか、纐纈君って色々と新鮮」
「世間知らずなんだよ」
「それは、お父さんで慣れてる」
「そっか。百合草先生も。そうだよね、お父さん、プロ棋士なんだよね」
太陽は、ベテラン棋士の顔を思い出して、身が引き締まる思いがした。将棋のことを知れば知るほど、自分が体験してきた幸運を様々に実感するし、その多くは百合草のおかげだったのである。
「纐纈君も、なる人だと思った。そういう空気だった」
「ならなかったね」
「お父さん、悩んでたよ。どうにかして、奨励会行かせてやるべきなんじゃないかって」
「ありがたいけど、自力で行かなきゃ意味ないんだと思う」
「そう言うだろうって、言ってた」
太陽は、左手を強く握りしめた。二人を乗せたゴンドラは、一番高いところまで来ていた。
「あのさ……『好きな人いる』って、聞かれたんだ」
「……え?」
「バイトで一緒の人に」
「……なんて答えたの?」
「わからないって。本当にそう思ったんだ」
「そうなんだ」
「だから、ちゃんとわかろうと思った」
「そういうことだったんだ。わかった?」
「わかったよ」
「ふうん」
日差しがゴンドラの中に差し込んで、キラキラと反射した。鈴里の顔が、鮮明に映し出された。
「でも、その人の気持ちはわからないし。それが不安」
「いろいろとわからないんだ。纐纈君、頭いいのに」
「わからないんだ。いろいろと」
太陽は、左手を開いた。
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