船木甲路

第106話

「あと二勝だね」

 トーナメント表を見ている太陽のもとに、殿田が歩み寄ってきた。

「二勝?」

「知らなかったのかい? ベスト8になると、プロの竜神戦に出られる」

「知りませんでした」

「無欲ゆえの勝利かなあ。その相手は……船木さんか。面白そうだね」

「どんな人なんですか」

「これも知らないの? 『船木流』の船木さんだよ。初手4八金」

「知りませんでした。変な初手ですね」

「そのあと変幻自在なんだ。当たると嫌な相手の一人だね」

 太陽は、突然の様々な情報に戸惑っていた。プロとの対局などは想像していなかったし、初手4八金の戦法は見たこともなかった。

「殿田さんは、プロと対局したんですよね」

「結構してきたね」

「勝ったことあるんですか」

「10勝ぐらいしてたかなあ」

 太陽はまん丸い目で殿田を見上げた。急に、とても大きな人のように見えてきた。

 プロとアマの間には、とても大きな壁があると考えてきた。けれども、自分が勝てるかもしれなかった相手が、プロに何勝もしたことがあるという。

 自分自身が、届く位置まで来ているのか?

 太陽は少し動揺し始めた。けれども、辻村との対局を思い出して、冷静さを取り戻した。いや、「まだ、あまりにも遠い」もちろん辻村が名人だから、というのもあるが、それにしても今の自分とは違う。もし今の自分がプロに近づけているとすれば、プロの間にも、とてつもない力の差があることになる。

 ただ、プロと指してみたいという気持ちは湧き上がってきた。あと二勝。たった二勝で、それがかなうのだ。

 太陽は左手を握りしめながら、トーナメント一回戦の席へと向かった。

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