第105話

 全国の代表選手しかいない大会。今になって太陽はそれを意識して、緊張していた。

 「勝てそうな相手」は誰一人いない。強い人しかいない空間。しかも、アマ棋界について詳しくないので、「すごく強い人」が誰なのかも知らなかった。

 ただ、殿田がチャンピオンということで、「みんな殿田相手よりましなのではないか」と思うと少し気分が楽になった。

 また、金本がいることも心強かった。孤独ではなかったからだ。

 一局目、序盤から理想通りの「つくり」にはできなかった。ただ、太陽にはそれも想定内だった。

 とにかく耐える気持ちで、太陽は指し続けた。

 終盤、相手の攻めが一瞬緩んだ。空気が変わるのが分かった。

 自玉は詰まない。太陽は攻め続けた。

 照本や殿田よりは楽な相手だ。途中から太陽はそう感じていた。得意の終盤の「つくり」になってからは、太陽は乱れなかった。

 太陽は勝利した。

 駒を片付けると、すぐに太陽は対戦表を確認しに行った。殿田は勝ち、金本は負けていた。

 なんとなく、その結果は予想できていた。



 二局目も勝利した太陽は、予選突破を決めた。そして今は、三局目を戦っている金本の対局を観戦している。

 正直、二局目も負けると思っていた。しかし金本は二局目勝利し、決勝トーナメント進出の可能性を残した。

 おじさんでも強くなれる。その事実が、胸に迫ってきた。しかも金本は、借金を娘に背負わせて、会社を倒産させて、離婚した人間である。そんな人間にも、将棋をがんばる未来が待っていた。

 三局目、金本の形勢はずっと悪かった。それでも、粘り強く指していた。そういえば、と太陽は気が付いた。「強い人と対局する金本先生を見るのは、初めてだ」

 金本は、しきりに瞬きをしていた。白髪まじりの髪をかき上げる。深い息を吐いて、持ち駒を整える。

 チャンスが訪れていた。桂馬を捨てて、両取りの筋がある。気づいてくれと、太陽は祈った。時計が、秒読みの音を鳴らす。金本は、別の手を指した。

 以降、チャンスはなく金本は敗れた。

「見てたのか」

 太陽に気付くと、金本は頭をかいた。

「いい将棋でした」

「弟子に褒められる日が来たよ。いいものだ」

 太陽は、思わず噴き出した。

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