第130話

 太陽は必死に受け続けた。

 それは、最善の受けだった。それでも、状況は全く良くならなかった。

 夕食を注文したが、全く楽しみではなかった。太陽は、すでに未来のことを考えていた。千堂に勝つにはどうすればいいのか。研究環境や、機材の問題ならばどうしようもないのではないか。それは悔しい。悔しいが仕方のないこともある。

 反省をし始めたら、だいたいはその対局の結果は見えている。

「負けました」

 夕食が届く前に、太陽は投了を告げた。



「なんだか、不思議な感じです」

 太陽の目の前には、辻村や許心、そして月子がいた。対局の終わった太陽は、将棋基地に招かれたのである。

「確かに……」

 月子は、きょろきょろとあたりを見回していた。彼女もここに来たのは初めてである。

「私も、変な感じ。いつもはお父さんがいるんだけどね」

「そうなんですよね……」

 月子はプロになってから、父親に会っていない。辻村や許心と仕事をしていることは知っていたが、会いに行く決意はできなかった。

「今日は仕事らしくて」

「金本先生は、何の仕事してるんですか?」

「知らなかったの? 配達って聞いてるけど」

 月子は、伏し目がちに太陽を見た。父親を、先生と呼ぶ青年。かつて、同居していたらしい。おびえながら暮らしていた子供の頃を思い出して、胸がギュッとなった。

「千堂さんは強かっただろ」

 辻村は、ジュースの入ったカップを太陽に差し出した。

「はい、無茶苦茶強かったです」

「まさかあの仕掛けをするとはね。大人げないね」

「でも、勉強になりました」

「それはよかった」

「あの……」

 月子が、盤と駒をテーブルの上に置いた。

「おっ、つっこちゃんやる気だ」

「ええと……はい。太陽君とは、指してみたかったです。一局、どうですか?」

 太陽は目を丸くした後、何回も細かくうなずいた。

 

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