第129話
千堂が猛然と攻め込んでいた。駒損していたが、太陽の玉がどんどんと薄くなる。
「すごい順ですね」
桜が感心して大盤を眺めている。
「これは確実に……研究ですね……」
「最新研究をここで披露しているわけですか」
「はい……。実は、ソフト同士の対戦でこの形はあるんです」
「そうなんですか」
「プロは結構見ていると思います。この形が出てきたのは三日ぐらい前ですが……」
「そんな新しいものを早速対局に!」
「纐纈アマはたぶん知らないでしょうね……」
月子の表情はどんどん曇っていった。
太陽の視界がぐらぐらと揺れていた。
気が付くと、受けようがなくなっていた。駒は得している。しかし、陣形は食い破られ、玉は引きずり出され、一手でも間違えば即投了になるような局面になっていた。
全く見たことになかった手順は、研究だろうということはわかった。辻村でさえ見せたことのないものだ。自分の知らない世界で、日々プロはそういうものと向き合っているのだろう。太陽は打ちのめされた気分だった。
ただ、完全に負けになった、とは思っていなかった。持ち駒は豊富で、反撃のチャンスさえ得られれば逆転の可能性はある。問題は、相手の攻めをどのようにしのぐかだ。千堂の指し手は正確で、全く緩みがなかった。
ふと視線を上げると、千堂は天井を見上げていた。そこに盤が描かれているかのように、目をきょろきょろと動かしていた。時折指も、駒を動かすしぐさをしていた。思わず太陽も、天井を見つめた。
頭の中にある盤からして、性能が違うのだろうか。太陽はそんなことが不安になった。頭の回転が速くて、記憶力があって、やる気がある。プロ棋士とはそういう人たちだろう。自分はどこが優れているのだろう、そう考えると太陽は怖くて仕方なくなった。
なんとか、何とか一手の余裕を。不安と恐怖の中、太陽は必死に起死回生の一手を探した。探した。探し続けた。
なかった。
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