第128話

 東京の将棋会館は、駅から数分歩いてもまだ見えてこなかった。細い道を進んでいくと、神社の木々が見えた。事前に辻村から「神社の前にあるよ」と聞いていたので、ちゃんとたどり着けたのだと安堵した。

 会館に入り、対局室へと向かう。

 すでに、他の対局者たちが座っていた。前回よりも、緊張した。周囲の視線が気になる。

 二分後、千堂五段が入室してきた。

 太陽は、その姿に思わず二度見した。

 千堂は、薄茶色の和服を着ていたのである。



「あ、千堂五段入室されました。和服ですね!」

「気合の……現れでしょうね……」

 ネットテレビの中継には、二人の女性が映っていた。一人は、金本月子八段。A級で戦うトップ棋士であり、この対局で勝った方と次戦で戦う相手でもある。もう一人は木田桜朱雀すざく。新設された女流棋士のタイトル「朱雀位」の初代獲得者である。かつて三冠まで獲得したことがあり、女流棋界のトップ争いをするうちの一人である。

「金本さんは纐纈アマのことをご存じなんですよね」

「ええと、まあ、なんというか。初めて見たのは小学生の大会でした。珍しい戦法を指す子がいると思って……。そのあと何度か、師匠や周りの人から話は聞いていました」

「現在は雷鳥学園の将棋部にも所属し、中学生の時には団体戦で優勝もしているんですよね。弁天四段との将棋は見ましたか?」

「見ました。最後、鮮やかでしたね。なんというか……よく手が見えるタイプと思います」

 モニターのなかで指し手が進んでいく。戦型は、太陽の先手で角換わりになった。

「腰掛銀になりそうですね」

「プロで最も指されている形です。……真正面から、ぶつかるんですね」

 画面の中で太陽は、目を見開いて盤面を見ていた。こめかみからは汗が流れ落ちていた。左手が、タオルを握りしめていた。

「時間でも負けていますね」

「やはり、まだ慣れてないんでしょうね。……ここからの千堂さんは、怖いです」

 月子は、飛車を動かす途中で一回、手を止めた。局面を見ながら、つぶやく。

「いやな形……」

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