第12話
「富士山、見せてやれなくてすまないなあ」
「そんなことない、楽しかったよ」
早朝の東京、金本と太陽は長距離バスから降りたところだった。
太陽は見るものすべてが新鮮で、ずっと首を振り続けていた。そして実は金本も、東京のことはほとんど知らず、心の中で首を振り続けていた。
とはいえ、観光に来たわけではない。時間までに、会場に行かなければならないのだ。
「さあ、電車に乗るぞ」
「地下鉄も?」
「地下鉄もだ」
太陽は目をキラキラさせていたが、金本は緊張していた。他人の子供を預かっているということ。そしてその子をきちんと会場に連れて行かなければならないということ。
彼は、自分の子供をどこかに連れて行ってやったことも、ほとんどなかった。
地図と路線図を見ながら、何回も予習をしてきた。いよいよ実戦である。
「さあ、行くぞ」
金本月子は急いでいた。
駅でタクシーを探すが、一台も止まっていなかった。しかたなく、小走りで目的地を目指す。
朝になって急に、出場予定の棋士が体調を崩し、代理を頼まれた。遅れても誰も咎めないだろうが、遅れてはならないと考えるのが彼女の性格だった。
もうすぐだ、と思ったものの建物が見えない。焦ってスマホを開くと、目的地から遠ざかっていた。不幸中の幸い、近くに空車のタクシーが止まっていた。大きく手を振り、乗り込む。
彼女が会場に着いた時には、すでに開会式が始まり、終わろうとしていた。
「はい、それでは皆さん頑張って……あ、金本七段が来られましたね! 本日急遽、代理でお願いしました。拍手で迎えましょう」
突然、主役のように迎えられて月子は焦った。頭をペコペコ下げながら、壇上の席まで進む。
その姿を見て、口をぽかんと開けている男が保護者席にいた。
「月子……」
金本にとって、何年振りかに見る娘の姿だった。
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