第13話
月子は、ある対局に目が留まった。
片方は、ひねり飛車。珍しい戦型だったが、横歩取りなどから派生してなることもあり、形そのものはよく見かける。注意をひかれたのは、相手の選択だった。左の金が四段目に出て、右へと動いていく。「タコ金」と呼ばれる戦法だった。これは蛸ではなく、凧の動きから連想して名付けられたと言われている。
月子も昔、タコ金戦法を得意としていた。わざわざ選んだというよりは、新しい戦法をあまり知らなかったのだ。あれから十年以上たち、小学生がタコ金をするとは全く予想していなかった。
相手の攻めを封じる戦法なので、繊細さが要求される。少年は、不用意に角を動かした。月子は思わず目をつぶってしまった。角交換が受からなくなり、ひねり飛車側に多くの手段が生じた。一気に形勢は傾いた。
月子は、自分の苦労を思い出していた。いい手は指せても、知識が圧倒的に足りない。勉強することはたくさんあった。それでも、いやだと思ったことはない。借金を返すという目標があったし、師匠は優しかった。
この子にもちゃんとした師匠がいるんだろうか、と月子は心配になっていた。おじいちゃんなどから習って、古い定跡と腕力だけで指しているのかもしれない。
対戦表で、名前を確認する。すぐには、読めなかった。小さなフリガナで、「ハナブサ」と書いてあった。
「はなぶさたいよう。……覚えておこう」
力の差を痛感した。
一局目が終わり、太陽はじっと天井を見ていた。今更何かをしても、すぐ強くなるわけではない。負けたことは悔しくなかった。きっと、自分より勉強しているだろうから。ただ、勉強できる環境にいるんじゃないかと思うと、悔しくなった。
二局目。一回戦負けたどうしでの対戦である。ここで負けた方は予選敗退となる。
相手は四間飛車だった。太陽は、急戦を仕掛けた。持久戦は金本が知らないので、一切教えてもらっていない。
相手は、時間を使って考えていた。経験の少ない形なのかもしれない。太陽は、いっときも集中を切らさなかった。
うまく攻めていた。けれども玉が薄いので、気を抜くとすぐ逆転してしまう。金本が四間飛車側を持つときは、角損ぐらいからでもなんやかんや攻めて太陽玉を詰ましてしまう。慎重に。慎重に。太陽は自分に言い聞かせた。
「負け……ました」
小さな声が聞こえた。太陽は、相手の顔を確認した。確かにあきらめた顔をしていた。
右手を額に当てた。熱が出ている気がしたのだ。いつも通りの温かさだった。
纐纈太陽は、全国大会で一勝をあげた。
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