第14話
金本は、席に座ってうつむいていた。できるだけ、立ち歩く人々と目が合わないようにと思った。
事前に、ゲスト棋士のことは確認していた。それにもかかわらず、なんという運命のいたずらか、急遽月子は来てしまった。
幼いころ、家の中でずっと黙っていた姿とは全く違った。一人の棋士として、立派な大人として仕事をする姿があった。
感動よりも、恐怖が襲ってきた。ここまで成長させたのは、全く自分ではないということ。そのうえ、送金までしてもらっていたということ。そのおかげて今、ここに来られているということ。
金本貴浩は、自分の情けなさに身が引きちぎれてしまいそうだった。
逃げないこと。彼にできる精いっぱいはそれだけだった。太陽には、何もしてやれそうになかった。目だけで追いかけていた時、月子がそこにやってきた。目が合ってしまうのが怖くて、それからずっと下を向いているのだ。
金本は、過去からはずっと逃げ続けていた。
第三局。これに勝てば決勝トーナメント、負ければ敗退だった。
戦型は矢倉。太陽は普通に囲おうとしたが、相手は居玉のまま仕掛けてきた。全く経験のない形だったし、棋譜でも見たことがなかった。金本が新聞で勉強することから、最新のプロの将棋はいくらか伝えられていた。しかし、アマチュアだけで流行っている将棋を、太陽は全く知らなかったのである。
無理気味な仕掛けだ、と太陽はたかをくくっていた。けれども、なかなかほどけない。そして、相手の居玉に対して、駒を渡さずに迫る順も見つけられなかった。
持ち時間が無くなり、秒読みに入った。十秒考えて、二十秒で決めて、指す。最初のうちは太陽もそれを実践できた。けれども、だんだんと手が見えなくなってくる。詰まされるかもしれない。詰むかもしれない。いろいろと考えているうちに、時間はどんどん過ぎていく。
追い込まれて、27秒、あまり読んでいない手を指してしまった。そして、それは悪手だった。
受けがなくなる。最後の一手、詰まされるまで太陽は指した。
「負けました」
はっきりとした声だった。背筋を伸ばして、頭を下げた。
こうして、纐纈太陽の、初めての全国大会は終わった。
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