第10話

「先生、か」

 太陽が学校に行った後、一人家に残った金本はつぶやいた。

 太陽は二か月ほどの間に、ずいぶんと成長した。このまま伸びれば、アマ高段者にはなれる逸材だと金本は考えていた。

 ただ、月子ほどではない、とも思っていた。

 月子は本を読むだけでぐんぐんと強くなっていった。もし中学生の大会に出ていたなら、女子の部で優勝していたかもしれない。家を出たときには「自称アマ六段」の彼より強くなっていたのである。

 おそらく当時の月子は、誰が見てもプロになれる逸材と感じたことだろう。そういう「光るもの」は、確かに存在するのだ。

 太陽はまだ、光ってはいない。

 いつか、まっすぐには伸びられなくなる時が来る。壁に直面した時、環境が大事だ。ライバルや、良い指導者が。

 金本は、自分がそのどちらにもなれないことを自覚していた。

 ならば、何ができるか。何をしてやれるか。

 仕事の予定がない日だったが、彼は事務所に向かう決意をした。



「あー、そうなあ……」

 纐纈は、何回も頭をかいた。テーブルの上には、賞状が置かれていた。

「むりだよね、ごめん」

「謝んなよ。なんも悪くないんだから」

 太陽は、うつむいたままだった。

「母さんに、聞いてみるか」

「でも」

「何とかなるかもしれないだろ」

「やだよ」

「お前……優勝したらどうするつもりだったんだよ」

「何も考えてなかったんだよ。優勝とかさ……」

 太陽は、大会で優勝した。たまたま強い子が来れなかったなどはあったが、それでも自分より強い相手を倒しての結果だった。そして、全国大会の切符を手に入れた。ただし、全国大会の会場までの切符は手に入れていない。

 太陽はただ、将棋が指したかったのだ。その先にあるものは、考えていなかったのだ。

「つれてくよ」

 金本が居間に入ってきた。その手には、封筒が握られていた。

「え、金本さんが?」

「俺が教えて、こうなったし。ひょっとしたらとは、思ってた」

「先生……」

「けどよ、言っちゃなんだけどあんたも金ないだろ」

「それを相談しに行ったら、あったんだよ」

「は?」

「これは、太陽への俺からのプレゼントだ。全国大会は引率する。交通費も出す。俺がそうしたいと思うんだから、何も遠慮することはない」

 親子そろって、じっと金本の顔を見た。

「どうして」

 太陽は、目じりに涙を溜めながら尋ねた。

「俺の金じゃないんだ。本人は受け取らないと思う。だから、必要な人に使う。そういうことだ」

 金本は、窓の外を見た。そこには、夜が広がっていた。金本は、その向こう側を見ていたのだった。

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