百合草嬢

第6話

 この学校には2種類の人間がいる。

 転校初日、太陽は気が付いた。服装が違う。所作が違う。話し方が違う。文房具が違う。きっと、成績も違う。

 昔ながらの集合住宅が多い中、町の一角に高級マンションが建っている。とても高いマンションだ。

 太陽は、そちらじゃない方の人間だった。

「はなぶさ君、なまえかっこいいね!」

 初日にできた友達は、栗原という名前だった。少しぽっちゃりしていて、けらけらとよく笑う。見た瞬間に、「同じ側だ」と太陽にはわかった。

「書くのが大変だよ」

「そっかあ」

 休み時間、将棋をするようなことはしなかった。盤を広げれば、興味を持った誰かが対局してくれるかもしれない。けれども、転校生は中途半端ではいけないのだ。勝ったり負けたりするか、圧倒的に勝つか。遊び相手になるか、尊敬の対象になるか。どちらにも当てはまらなければ、生意気な奴として嫌われてしまう。これまでの経験から、太陽は学んでいた。

 将棋をにおわせないのには、もう一つ理由があった。窓際の席にいる、ある女子の存在。こちら側ではない人間だった。周りの女の子も、華やかだった。けれどもそれとはまた違う、凛としたたたずまい。背筋が伸びていて、所作が美しかった。なにより、顔が整っていた。

「気になる、百合草ゆりくささん」

「お金持ちの感じがする」

「お父さん、将棋のプロだって」

 百合草鈴里すずり。名前を見たときから、その予感はあった。珍しい名字だし、何より、「棋士の娘」にぴったりの佇まいなのである。

 太陽は、あの日のことを決して忘れはしない。500円を落としたなんてことは決してない。最初から持っていなかったのだから。百合草つのるがいなければ、大会に出ることはできなかった。そして彼は、人生で初めて将棋を教えてくれたプロ棋士でもある。一度に複数人を相手にしながら、明らかに金本より強かった。

 もう一度会うことがあるだろうか、太陽はそんなことを考えていた。それが、なんと彼の娘とクラスメイトになった。そしてそれは、百合草が近所に住んでいることも意味する。

 いろいろと聞いてみたい。そうは思ったが、百合草鈴里にいきなり話しかけるのは難しかった。はっきりと引かれた一線が、太陽には見えていた。それは三段目に並ぶ歩のように、こちら側を拒絶していた。男子と女子以上に、高い壁。

 太陽は、栗原とだけ話し続けた。

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