師匠

第101話

 貼り出された成績を見て、太陽は大きくうなずいた。

 将棋部を引退してから、太陽はずっと勉強に集中してきた。自分でも驚くほど、勉強ばかりをしていた。

 学年26番。みごと目標を達成した。

 太陽は、全身から力が抜けていくのを感じた。元々勉強が好きなのではない。高校に行くために、高校に行って将棋を続けるために頑張ったのだ。ある目標のために別のことを頑張ったのは初めてで、一気に脱力感に襲われていた。

 太陽は部室に向かった。三年間で、何度も訪れた場所だ。今では部員も七人になった。

 部室には誰もいなかった。盤が三面並び、棋書や棋譜帳が床に転がっていた。

 太陽は、一番奥の盤の前に腰かけた。この三年間、何局も指してきた。太陽には、将棋を指す場があった。

 ここに、導かれたのかもしれない。太陽はそう思った。そして、導いてくれた人のことを思い出した。

 まだ、お礼を言っていない。

 そう思った太陽は、校舎の方へと踵を返した。特進コースの教室がある校舎へと向かう。そして、角を曲がったところで、ちょうどその人は玄関から出てくるところだった。

 隣には、日に焼けた青年がいた。太陽は彼を知っていた。同じクラスの、元野球部の部長だ。二人は親しげに話し、そのまま歩いていった。太陽は、それをずっと眺めていた。

 髪が揺れていた。耳の丸みがわかった。

 二人はいつから仲が良かったのだろうか。そもそも、彼女の交友関係など何一つ知らない。

 小さくなっていく背中を見ながら、初めて太陽は鈴里のことを「綺麗だった」と思った。



 その後太陽は、ずっと図書室でネット将棋を指していた。Wi-Fi環境があり、座る場所があり、静か。将棋をするにはとてもいい環境だった。音はミュートになっており、駒音はしない。食い入るように画面を見つめ、ひたすら指を動かし続けた。

 もう、しばらく勉強はしなくてよい。指したいだけ将棋が指せる。

 それなのに、まったく将棋が楽しくなかった。勉強をしたい、とすら思った。にもかかわらず、ひたすら指し続けた。

 閉館時間になった。太陽はタブレットを鞄に入れ、大きく息を吸った。

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