第100話

「まさか、君みたいな中学生がいるとは思わなかったよ」

 夜のファミリーレストラン。太陽は、殿田と百合草に向かい合って座っていた。

 大会の後、百合草によって決勝を戦った二人はここに誘われた。太陽はファミレスが初めてだったので、入店後しばらくはずっときょろきょろと店内を眺めて落ち着きがなかった。

「僕も、決勝まで行けるとは思っていませんでした」

「俺は思っていたけれどね」

 百合草は胸を張った。

「百合草さん期待の星なんだ」

「そういうわけでもない。今は辻村君が教えている」

「名人が! 強いはずだ。でも、こんなに強いのに奨励会は受けてないの?」

「……受けていません。多分今後も」

「そうか。将来の夢は?」

 太陽は頬杖をついて、コーラの入ったコップの中を見つめた。

「まだ、特に何も」

「そんなものかあ」

「あ、あの」

「ん?」

「殿田さんはどうだったんですか。プロになろうと思ったことは」

「すごいなりたかったよ。でも、なれなかった」

「ドリンク行ってくる」

 百合草が立ち上がった。殿田は頬にえくぼを作った。

「あの……聞いていいですか? 僕も、なれない理由があるから」

「そうか。なれないから目指さないのか。もったいない気もするけど、しょうがないよね。俺はね、百合草君とかと一緒に、いつかプロになるんだと思って頑張ってた。でもある日ね、全てがなくなった」

「すべてが?」

「母さんが、父さんを殺した」

 全身の血流が止まったかと思った。太陽は思わず左手を握りしめた。

「そ、そんなことが」

「いけすかない男ではあったけどね。ある日突然両親が死者と犯罪者になったんだ。びっくりだよ。将棋どころじゃない」

「……」

「親戚の家で育った。高校を出て、就職して、将棋を再開した時には皆奨励会員かプロになってた」

「それから、アマのトップに?」

「普通に生きていけることが嬉しすぎてね、将棋してると楽しくてしょうがないんだ。仕事にしたら、きっと苦しい。苦しいから、誰かを傷つけてしまうかもしれない。母さんの血が流れていると思うと、それが怖くてね。子供にこんな話するべきじゃないか」

「あの……! 僕は……父さんが仕事クビになって……いやその前に、両親が離婚してて、新しい父さんが嫌な人で……いろいろあって、プロは目指せないと思ったんです」

「そうか」

「でも……殿田さんみたいに、いつか将棋を楽しめるようになれるなら、もっと頑張っていこうかなって、その、思って……」

「頑張れ。名人や百合草さんに目をかけてもらってるんだ。存分に頼ればいいよ」

 太陽は、「鏡」の正体が分かったと思った。何かをあきらめて、何かを得ようとする目。そういう目が、きっと、同じなのだ。

 会えてよかった。太陽は、実感していた。


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