第99話
殿田の玉が薄くなる。
太陽の陣形も乱れていたが、優勢なのは明らかだった。
それでも太陽は、安心はできなかった。トップアマで終盤が弱いわけがない。確実に自分よりは強いはずだ、と思って挑んでいた。
「つくり」はいい。読みやすい展開だ、と太陽は感じていた。
殿田が、左手で髪をかき上げた。現れた視線が、駒台を射抜いていた。
桂馬が、端に打たれた。王手だ。取るしかない。そして、玉を早逃げした。何が起こったのか、太陽にはよくわからなかった。しっかりと局面を見て、確認する。自玉に王手がかかりやすい形になっており、相手玉は駒を渡さないと寄せることができない。
なるほどなあ、と太陽は感心した。これが強豪のテクニックか。だが、逆転しているはずはない、と太陽は心を落ち着かせた。
「えっ」
思わず声が漏れた。
順調に寄せているはずだった。龍で王手し、間駒を使わせるつもりだった。だが、殿田は銀を移動して受けた。薄い受けだ。ただ、銀に隠れていた香車が、太陽の玉まで直射している。詰めろだ。
こんな罠を仕掛けていたのか。
太陽は、必死で読み直した。自玉の安全度。相手の危険度。渡していい駒。自分が欲しい駒。
とりあえず、自陣を受けた。殿田の手が伸びて、びしっと歩が突かれた。厳しい。
いつの間にか、攻守が入れ替わっていた。
太陽の左手が、グッと強く握りしめられた。何度も瞬きをする。
筋に入った厳しい手が、次々と繰り出される。太陽はどんどんと追い詰められ、そして、逃げ場がなくなった。
「負けました……」
攻められてからは、チャンスがなかった。
ギャラリーから、感嘆とも驚きともとれるため息が漏れる。
「強いね、纐纈君」
殿田は言った。
「角なら負けてたね」
「え?」
「銀引いたところで。75に詰めろで角打って、同香としてから歩で受けると、こっちが詰めろだった」
殿田が指摘したのは、角をただで捨てて香車の位置を変える手だった。確かに絶妙手だ。それが読めていてなお、殿田は銀を引いた。
完敗だ。太陽は笑った。
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