第17話

 日曜の午後。

 将棋道場では、多くの人々が対局をしていた。有段者トーナメントと級位者トーナメントが行われ、奥では百合草八段による指導対局が三面指しで行われていた。

 受付には、道場主が座っている。この地で三十年、将棋道場を経営していた。道場を開いた頃に訪れていたのが、百合草である。

 子供から老人まで。女性も数人。将棋道場としては、活気がある方である。

 そして今日、そんな将棋道場を初めて訪れる顔があった。よれよれのセーターを着て、ハンチングをかぶった中年の男性であった。誰にとっても、初めて見る顔だった。

「すみません、トーナメントはもう締め切っていて。指導対局なら四時から一枠空いてますが」

「あ、いや……ちょっとお尋ねしたいことがあって」

「はい」

「平日の個人指導……はどうやったらお願いできるんでしょうか」

「ああ、はい。お子さんですか?」

「まあ、ええ、はい」

「そうですね、木曜なら空いてますね。私と長峰君っていう学生が二人でやってるんですが。月に一回は百合草さんも来ます。棋力はどれぐらいの?」

「どうなんかなあ。初段はあるんかなあ。この前県代表にはなって……」

「え、纐纈君!?」

 一瞬、ほとんどの視線が道場主の方に向き、そして中年男へと移った。纐纈少年の名前は、知れ渡っていたのである。

「ええ、はい」

「あなたが将棋を教えられたんですか?」

「ええ、まあ」

「いやあ、突然現れたんでね、びっくりしたんですよ。来てくれたらうれしいなあと思ってて」

「そうですか。ただ……」

「はい」

「その、思わず肯定してしまったんですが、俺はあいつの父親ではなくて」

「はい?」

「ただの同居人でして。あいつのために……ちゃんとした指導を受けさせてやりたいんです」

 奥の方で、百合草が立ち上がった。指導していた三人に頭を下げ、受付の方までやってきた。

「お話、聞かせてください」

「百合草先生」

「彼を指導したいと、私も思っていたんです」

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