第108話
予想通り、勝ち上がってきたのは船木だった。
船木
対するのは、纐纈太陽。一般大会の代表は初めての高校生。小学生や中学生の大会では活躍の実績があるが、全国大会で優勝したことはない。
多くの選手たちの予想は、船木圧倒的有利、だった。ただ、突如現れた若手がどこまでできるのかも大いに注目されていた。
対局の席に着くと、太陽は額に手を当てた。
船木は恰幅がよく、椅子の上にでんと座っていた。扇子で顔を仰いでいる。
振り駒の結果、太陽は先手になった。
大きく息を吐く。そして、太陽は右の金を手にした。初手、4八金。船木はにやりと笑った。そして、後手は6二金。
太陽は一呼吸おいて、もう一度右の金を手にした。三手目、4九金。最初の陣形に、戻った。船木は扇子を立てて、顎を乗せた。「ううん?」と声が漏れた。
太陽は、未知の戦法に対して自分なりの作戦を立てていた。まずは、得意戦法を先に指された時の反応を見たかった。それほど慌てなかったことから、経験があるのだとわかった。そして手損をすることにより、選択の機会を相手に手渡した。船木流は相手に合わせてカウンターを決める戦法だという。それならば、自分は形を決めず、相手に形を選んでもらえば作戦が崩壊するのではないか。太陽はそう考えたのである。
二分ほどたち、船木は8六歩と突いた。
そこから将棋は、よく見る相掛かりの形になっていった。太陽にとっては、何度も指したことのある「つくり」になった。
船木は淡々と指し手を進めていた。百戦錬磨の彼にとっても、「想定しうる展開の一つ」だったのである。
太陽は、感じていた。照本や殿田との戦いの時と同じ、切りつけられるような心地よさ。強い人は、刺激という快楽を与えてくれる。
駒組が飽和状態になる。一手遅れた太陽は、相手から攻めてくるのを想定していた。だが、船木はなかなか攻めてこなかった。焦らし合う展開が続く。
「深夜になると、勝手に手が攻めに行くことがある」かつて辻村が言っていた言葉を、太陽は思い出していた。苦しい時間ほど、攻めたくなる。攻める方が楽なのだ。けれども、そこから隙が生まれる。自分はまだ弱い。弱者が勝つには、隙を見せてはいけない。太陽は、じっと我慢して守りの手を指した。
扇子がパタン、と閉まる音がした。船木が、ついに仕掛けた。
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