第52話

「雷鳥学園、すごいな」

 対局が終わると、畑山が太陽に話しかけてきた。

「えっ」

「他の二人も苦戦したって。今年できたんやろ? つーか女子校やったのに」

「まあ、今年から男子も入るようになって」

「で、推薦で三人そろえた、と。良知君は知ってる。研修会に入ってるもんな。けど纐纈君はちょっと前まで全然名前見なかったのに、急に来たよな。対局できてうれしかった」

「そう……ですか」

「ずっと、こっちか?」

「こっち?」

「アマ側かって。俺の周りも強いのは奨励会行ったから、ちょっと寂しいのよ」

 太陽は、天井を見上げた。はっきり聞かれると、はっきりとした答えが浮かばなかった。

「今は、わかんないです」

「中一でそういう奴はもうちょっと難しい気がするな」

「そういうものですか」

「俺もプロにはならないから。アマのトップ目指す」

 引き締まった表情の畑山。太陽は、まぶしさを感じた。

「すごいです。何か、夢があるんでしょうか」

「いや、医者になるから」

 まぶしさが消え、世界は少し暗めになった。

「そうですか」

「纐纈君は?」

「僕は、何も決めていません」

「そうかあ。ええなあ、何にでもなれる人生は!」

 太陽は、人生で最も正確な愛想笑いをした。



 駅からの自転車。太陽はまっすぐ家に戻らず、河川敷へと向かった。「なんにでもなれる」と言われた自分が、「何にもなれそうにない場所」に戻るのが怖かったのだ。

 以前、ここを走っていて鈴里に見つかってしまった。今なら、見つかってもどうってことはない。少しだけ前に進めている、と太陽は思いたかった。夕日の灯りが、川面で揺れていた。

 将来の夢を考えたことがなかった。プロ棋士になれたらと思ったのは、夢ではなかっただろう、と考える。同世代にも自分より強い人がいて、世の中には強い人がいっぱいいて、ずっと厳しい勝負の中にいて。じっくり考えるほどに、「プロ棋士にどうしてもなりたい」とは思えない。

 だからと言って、何になりたいかもわからない。

 日が落ちて、世界が暗くなっていた。太陽は、家に向けて自転車をこいだ。

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