纐纈部長

第46話

 太陽が感じていたのは、真新しい畳の香りだった。緑色の床から、部屋を常に満たしてくるもの。

「ここが部屋だ。このあと、部員も入ってくるだろう」

 教師はそう言うと、職員室へと帰っていった。

「とはいっても……」

 部室にはまだ、何も置かれていなかった。現在将棋部は「仮認可状態」だというのだ。

 雷鳥学園中学校。昨年まで女子校で、男子が入るようになったのは今年からだった。先ほど行われて入学式では、七割以上が女子だった。

 そして現在、将棋部員は一人。基本的に特技優等生は一競技につき一人しか合格させない。ただし、有力な選手は一般推薦「というていで」他にも入学させるのが常である。将棋部員候補は他にもいる、と太陽は聞いていた。

 部活は、三人以上いないと成立しないという。つまり、あと二人の入部が必要である。そして、特技優待生である太陽にとって、将棋部員として活動できないことは危機である。個人戦よりも団体戦の成績の方が学校の宣伝になるから、とはっきりと言われたのである。

 太陽には団体戦の経験がない。体育の授業でするチーム競技はだいたい苦手だ。

 とはいえ、授業料と引き換えなのだから、頑張るよりほかなかった。



「纐纈君!」

「百合草さん」

 朝、太陽が駐輪場から出ていこうとしたところだった。鈴里は、ピンクの自転車を降りて、手を振った。

「また一緒の学校だね」

「うん。自転車、意外」

「うちからは近いもの。纐纈君の方が意外だよ。時間かかるでしょ」

「慣れてるから」

 葛藤がなかったわけではない。つぎはぎだらけの自転車で名門私立に通うのは、恥ずかしかった。できるだけきれいに磨いて、カゴだけはきちんと四角いものに取り換えた。

「どんなクラス?」

「まだわからない。とりあえず、女の子が多い」

「それは、そうね」

 太陽は鈴里に同じ質問をしようとして、やめた。女の子が多いのは変わらないだろうし、彼女が所属するのは特進クラスなのだ。六年間みっちり勉強し、いい大学に行くためのコース。

「将棋部も行ったよ。まだ三人しかいないけど」

「三人はいるんだ」

「僕と、推薦の二人」

「へー。楽しくなるといいね」

「……そうだね」

 太陽は、ため息をついた。楽しくできるのか、とても不安だった。

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