第54話
三年ぶりの、家。
太陽が少しの間だけ暮らしていた、母親の家だった。
そして、三年ぶりに会う母。太陽は最初、別人ではないかと思った。それなりに若くてきれいだったのが、とても普通の女性になっていたのだ。
「あの男はいないんだ」
「……帰ってきてないね」
「どれぐらい」
「七か月と22日」
太陽は、少しだけほっとしていた心を戒めた。あの、とてもいけ好かない義父はここにはいない。だからと言って、理想の母が現れたわけではなかった。
「帰ってこないよ」
「……だまって」
太陽は、母親の顔を見ないようにした。幼いころの「ましな思い出」が、塗り替えられていくかもしれないのが怖かった。
「明日には、戻るから」
「そう」
太陽は、歯を食いしばった。早く、大人になりたいと思った。
母の家は、学校から遠い。明日は、休むことになった。
カバンを置いてきてしまったので、手元には何もなかった。タブレットも、将棋の本も。
昔、太陽の部屋だった場所。天井が汚れ、嫌なにおいがする。
太陽は寝転びながら、先日の大会のことを思い出していた。久々に味わった、完全な敗北。悔しかったが、それ以上に虚しさを感じていた。畑山は、自分に似ているかもしれないという希望があった。プロを目指さない同士、良いライバルになれるかもしれなかった。けれども、きっと彼は、交通費を気にしたり父親が捕まったり、そんな心配はする必要がない。ボロボロの自転車を気にしながら通学することも、皆が缶ジュースを買っているときに一人だけいらないふりをすることもないだろう。
今この時間も、医者になるために勉強しているか、大きなパソコンで将棋をしているかもしれない。
楽しい時間は、どこに行ったのだろうか。
太陽の頭の中に、一人の男の顔が浮かんでいた。穏やかな表情で、駒を手にしているおじさん。
あの日々がなければ、ここまで将棋に打ち込まなかったかもしれない。ここまで将棋が強くならなかったかもしれない。
太陽は自分の腕の中に顔を沈ませて、涙を流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます