第19話

「太陽、無料体験に行ってみないか」

「なにそれ」

「将棋の指導だよ」

「……」

 太陽は視線を落とした。ついに来たか、と思ったのである。

「いやか」

「いやじゃないけど……無料の後はどうするのさ」

「……百合草八段は、月に一回個人指導に来るらしい。その時だけなら、と思って」

「父さん、なんて言うかな。この前も積み立てのことで色々言われたし……」

「プレゼントだ」

 そう言うと金本は、ライオンの絵柄が書かれた紙をテーブルに置いた。「指導チケット」と書かれていて、十枚つづりになっていた。

「先生が買ったの?」

「ああ」

「悪いよ。東京にも連れて行ってもらったのに」

「これはまあ、結局のところ月子からのプレゼントみたいなもんだ」

「……僕、先生がいいよ。たしかにプロは強いけど、なんか怖い」

「そういうもんだ。それに」

「それに?」

「俺はもうすぐ、ここを出る」

 太陽は金本の顔を凝視した。次第に目つきが鋭くなっていく。

「嘘だよね」

「本当だ。会社を辞める」

「なんで」

「借金を返し終わったんだ。社長に肩代わりしてもらってた。月子も払ってくれてた。その分が、これだ」

「これからどうするのさ」

「仕事は探してる。とにかく、仕事辞めるから、ここは出なきゃならない」

「たまに来てよ」

「……太陽」

「無理なんだね」

「すまない」

「わかった。ごめんなさい、いつまでもただで教えてらえると思った僕が、変だったんだ」

 太陽は、目を見開いていた。決して涙を流さないと、自分に言い聞かせて。

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