第24話
太陽は、できるだけ誰とも目を合わせないようにした。
お昼、芝生の上にシートを引き、皆はお弁当を取り出した。太陽は鈴里に手招きされて、百合草八段と三人で同じシートに座ることになった。
太陽は、家族でピクニックに行く、お弁当を食べるといった記憶がなかった。そして、女の子と一緒にご飯を食べたこともなかった。
さらに、自分で弁当を用意できなかったことがつらかった。いろいろな思いが、彼の心を押しつぶそうとしていた。
「みんなも、食べてくれよ。僕が作ったんだ」
「えっ、先生が?」
「すごーい」
広げられたサンドウィッチに、皆が群がった。
「ほら、纐纈君も」
「え、あ、はい……」
太陽がサンドウィッチを一切れとっている間に、彼のひざ元に小さなケースに入ったポテトサラダが置かれていた。ほほ笑む鈴里に、太陽は少しだけ頭を傾けた。
「纐纈君は、小川先生の将棋が好きなのかな」
「名前は……聞いたことがあります」
「その程度?」
「あの、教えてもらっている人が詳しいので。でも、ちゃんとはわからないです」
かつて、将棋界のトップに立った小川名人。金本はその棋譜を何度も見て勉強したという。ただ、小川全集は娘の月子に与え、他の本はすべて売ってしまったらしい。
「そうか。古い将棋は、ちゃんと勉強になる。新しい将棋は、すごく勉強になるよ」
「はい」
太陽は、心がふわふわと浮いているように感じた。明るいところで、はねるような幸せは自分とは無縁だと思っていた。
そして、家に帰った後のことを考えると憂鬱だった。きっとみんなは、うきうきとした気分で明日の夜を過ごすだろう。チキンの丸焼き、大きなケーキ、キラキラとしたイルミネーション。そして、眠っている間に置かれるプレゼント。おそらく纐纈家には、そういうものはまったくない。
もし、母親のところいたら。度重なる無視と、新しい父親の嫌味と冷たい視線。そういうものに耐えさえすれば、いくらかの祝宴にはありつけたかもしれない。けれども。太陽はそういうものを受け取るために我慢したいとは思わなかった。
自転車に乗るたびに、感じるのだ。少なくとも父親は、与えてくれた。そして、わざわざ傷つけることを決してしない。
これが、最後になるのかもしれない。太陽は、予感していた。明るい場所での、明るい喜び。太陽は、サンドウィッチと共に、幸せをかみしめていた。
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