第23話
「纐纈君は、いつ将棋始めたの?」
雲の少ない空だった。将棋少年たちと、プロ棋士と、その娘が歩いていた。
「一年生の時。クラスで流行ったから」
「どこか教室は行ってたの?」
「行ってないよ。ここが初めて」
「それで代表はすごいなー」
これまで話したことがなかったので、みんな自分のことが嫌いなのではないかと太陽は思っていた。けれども実際には、話しかけるきっかけが見つからなかっただけなのだ。太陽は、徐々に受け入れられていった。ただ一人を除いて。
犬沢
彼は、前回の大会で休んだ「優勝候補」だった。全国大会で決勝トーナメントに残ったこともあるらしい。
太陽も、龍斗が自分を避けているのは感じていた。初めて出た大会でちらっと姿を見ただけだったが、ひとりだけ雰囲気が違ったのを覚えている。
「犬沢君はプロ目指してるって。なれるかなあ」
「プロって、どれぐらい大変なのかな」
「纐纈君も目指すの?」
「ううん、考えたことない」
「纐纈君も奨励会、入れるかもよ! 全国で一勝したんでしょ。すごいなあ」
周りのテンションが上がる中、太陽はしばらくじっと考え込んでいた。プロ棋士になるというのは、どういうことなのだろうか。金本の娘、月子はプロ棋士になった。太陽は、その一例しかプロを目指した話を知らなかった。プロ棋士の百合草八段は、とても強い。そこをゴールと考えると、とてつもなく遠く感じる。
かつて太陽は、金本に対してプロを目指すと言った。それは、「ずっと頑張る」ぐらいの意味だった。けれども今の太陽は、気持ちが揺らいでいた。ずっと頑張れるのかもわからないし、ずっと頑張った先に何があるのかもわからない。
「纐纈君は、なれるとしたらどんな棋士になりたいの?」
いつの間にか隣に来ていた鈴里が、尋ねてきた。太陽は、少しの間真剣に考えた後、答えた。
「お金持ちの棋士」
何人かが、どっと笑った。けれども、鈴里は笑わなかった。
「それって、すごい強いってことだよね」
「そうなのかも。そうだよね」
「お金持ちになって、どうするの?」
「家を買う。ロフトがあったり、庭あったり。そこで……」
「そこで?」
「金本先生と将棋を指す」という言葉を、太陽は飲み込んだ。皆には知らせなくていい名前だし、なにより、そんなことを望んでいるという自分自身が嫌になったのだ。
「なんか飼う」
「なんか? 犬? 猫?」
「アヒルとか」
「アヒルかあ」
全く考えていなかった、適当なことを言ってしまった。けれども太陽は、アヒルが飼える人生は幸せだろうな、とも思った。
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