第103話
「すみません、これ廃棄です」
「ああ、そこ置いといて」
太陽は割れた卵をテーブルに置いた後、倉庫へと向かった。
高校生になった彼は、スーパーでバイトを始めた。主に商品の品出しを行っている。
小学生の時から考えていた。働けるようになったら、働かなければ。
太陽には、買いたいものがあるわけではない。今働いて得たお金は、全国大会に行く交通費になる。
「纐纈君、ペットボトル見てきて。足りないのは入れておいて」
「はい」
太陽は、売り場に入りペットボトルのコーナーに向かう。在庫をメモし、バックヤードに戻ると補充すべき品物を探し、カートに積んでいく。
「雷鳥の子だから心配したけど、よく働くね!」
「ありがとうございます」
面接に来た時、履歴書を見た店長に渋い顔をされた。これまで、雷鳥学園の生徒はみなすぐに辞めてしまったという。「お金持ちの子がものの試しに来られてもね」と言われて、太陽は驚いた。お金持ちに見えているとしたら、自分には演技力があるのではないかと思ったほどである。
確かに、雷鳥学園には裕福な家庭の子供が多い。新しいクラスでも、バイトの話になったことはほとんどなかった。
夜の十時になると、レジ組と合流して閉店作業に入る。野菜や果物を冷蔵室に運び、冷凍庫にふたをする。品出し組はその後バイト控室に向かい、レジ組は売上金を持って入金作業に向かう。
バイトを始めて二週間、太陽もようやく様々なことに慣れてきた。きついと思うこともあったが、「働いている」という事実が彼の心に安堵を与えていた。これからは文房具が必要なときに、親の顔色を窺う必要がない、それだけでもとても心が休まるのだった。
「遅いな」
レジ組がなかなか戻ってこなかった。全員がそろわないと、店を出れないことになっていた。
「ごめーん、待った?」
しばらくして、手を振りながら青年が部屋に入ってきた。大学生の森永だった。その後ろから、うつむきながら女の子が入ってくる。高校生の井辻沙代里である。目には光るものがあった。
「どうしたんすか」
「2千円ほどマイナス出ちゃったみたいで。そういうの初めてだからね」
「待たせてごめんなさい……」
沙代里は太陽と同時期に働き始めた。物静かで動きはゆっくり、いつもおどおどしていた。
「相談だけどさ、みんなで500円ずつ出して井辻ちゃんにおいしいもの食べさせてあげない?」
「いいっすよ」
「纐纈君は?」
「オッケーです」
「そんな、悪いです……」
「いーのいーの。俺も昔はいっぱいおごってもらったしさ。いやなことは甘いもんでも食べて忘れよ」
森永は常に明るかった。「頼りがいのある先輩」に慣れていない太陽には、不思議な魅力のある人間に映っていた。
「よっしゃー、じゃ、出かけるぞー」
バイトたちは店を出ると、ファミレスへと向かったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます