第34話

「纐纈君、一つ聞いていいかい」

「はい」

 暗い部屋の中には、淡いオレンジ色の光の線が走っていた。百合草の家は見たことのないものだらけだったが、太陽はその照明の豊富さに一番驚いた。

 家に招かれた太陽は、百合草と一緒の部屋で寝ることになった。とはいえ、そこだけでも太陽の家ぐらいの広さがあった。

「犬沢君に勝ち越したって、本当かい」

「……はい」

「そうか。すごいな。まだ放送前だけど、犬沢君は東日本大会で決勝まで行ったんだ。全国ベスト4だ」

「えっ」

 思わず驚きをそのまま声にしてしまい、太陽は唇をかんだ。

「はは、意外だったんだね。自分でも、勝てる相手だから」

「それは……」

「犬沢君が弱いんじゃない。君が強くなったんだよ」

「……」

 太陽は、どこかでそれを自覚していた。

 龍斗との練習を始めて、最初は全くかなわなかった。それがたまに一発入るようになり、ついには勝ち越すまでになったのだ。

 太陽は、こう考えていた。自分が勝てるようになるぐらいだから、龍斗もそれほど強いというわけではないのだろう、と。

 それが、龍斗が全国でも活躍したと聞き戸惑っていた。ひょっとしたら、自分で思うよりも自分は強いのだろうか?

「将棋というのは楽しいけれど残酷でね。子供のうちに、プロになるかを決める必要がある。君は、それを決める権利がある」

 大きな車。オートロックの入り口。綺麗な玄関、靴箱、花瓶、よくわからない置物。突然訪れたのに出てくる、豪華な夕食。

 プロ棋士になったら手に入るものを、今日太陽は見てしまった。

 突然のことに戸惑いながらも、鈴里も彼女の母親も、笑顔で太陽を迎えてくれた。どこにも後ろめたさを感じない人たちだった。

「僕には、まだよくわかりません」

「もう少し、考えればいいよ」

 「ゆっくり」、ではなかった。太陽は、ふかふかの枕に額を押し付けた。

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