第39話

「終わりました」

 龍斗は、駅の入り口で電話をしていた。

「どうだった」

「勝ちました」

「そうか」

「また、頑張ります」

「うん。おめでとう。この勢いで」

 龍斗は上唇を舐めた。言葉を続けようとしたが、出てこなかった。

「犬沢君?」

「はい、百合草先生。また、教えてください」

「もちろん」

 電話を切って、龍斗は駅の中に入っていく。

 大阪駅で乗り換え、さらに新大阪から新幹線に乗る。家までの道は遠い。それでも、今日の龍斗は疲れていなかった。

 6連敗の後の6連勝。龍斗は、5級に昇級した。

 特に調子がいいとか、良い戦法が見つかったとか、そういうことではない。たまたまなのかもしれない。それでも龍斗は、何かが変わり始めているのを実感していた。



「ただいま」

 玄関を開けると、とりあえず太陽はそう言った。返事はなかった。

 社員寮の一部屋は、元々二人が入ることが想定されている。それは社員二人であって、親子ではない。

 金本の次の人が、ついにやってきた。名前は、似里という。年齢は42歳で、太陽の父親よりも上である。とにかく寡黙で、まだほとんど話ができていない。それでも挨拶だけはしっかりとするのである。

 当然だが、似里は将棋をしない。纐纈親子とは、とにかくかかわろうとしない。

 挨拶だけの関係。太陽はそう割り切って、似里に何かを期待したりはしないと誓った。

 太陽はテーブルに向かうと、まずは宿題をすませた。そして、ぼんやりと外を眺めた。将棋の勉強をする前に、全ての憂いをなくし、気持ちを落ち着かせる。そういう風に、決めていたのだった。

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