辻村名人

第41話

「チャンスはそうはないよ」

 日曜日のトーナメント。太陽はまたしてもベスト4だった。

「そうなんですか」

「県大会優勝一回だけでは、難しいと思う。全国でもトーナメントに行ってないからね」

「どうすればいいですか」

「入試までには、あれしかないね。A食品こども大会」

 そう言って百合草は、壁に貼られたポスターを指さした。そこには「A食品こども大会 名古屋会場」の文字が。

 「A食品杯トーナメント」というプロの公式戦が、毎年主要都市で行われている。無料の公開対局で、多くの人々が集まる。その大会に合わせて、大規模な子供大会も行われるのである。

「オルカメッセ名古屋……」

「ここからは少し遠いね。送っていこうか」

「え……」

 以前の太陽ならば、迷わず断るところだった。けれども彼の中で少し、百合草に対する思い、周りに求めることが変化していた。

「いいんですか」

「みんな大会出るだろうしね。それに今年は、参加者じゃないから」

 すぐには言葉の意味が分からなかったが、ポスターを見ているうちに気が付いた。「上位12名棋士による豪華トーナメント」と書かれていたのである。

 昨年の大会、百合草は出場していたのだ。

「どういう大会なんでしょうか。持ち時間とか」

「予選は時計を使わないよ。初心者も多く出る大会だから。決勝から時計あり。県外からもたくさん強い子が来るから、優勝はかなり大変だよ」

「頑張ります」

 太陽はまだ、推薦入試を受けると決めたわけではなかった。親にも相談していない。ただ、その条件を満たしておかなければならない、と考えていた。

 多くの選択肢が、閉ざされている。せめて将棋の強さでこじ開けられる扉は、開けておかなければならない。

「しかし、乗り気になるとは思わなかったよ」

「え?」

「いや、自分がプロになったからね。プロを目指す以外の道を、想像できないんだ。でも、もちろんアマとして頑張る道もある。うん」

 その顔は、全く納得しているようには見えなかった。

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