第29話
午後三時二十分。決勝戦が始まった。
犬沢龍斗と纐纈太陽。本命同士の対決だった。
龍斗はここまで、危なげなく勝ち上がってきた。どの将棋も時間を使わずに圧勝だった。対して太陽は、接戦が多かった。時間もかかった。
引き締まった表情の龍斗に対して、太陽は明らかに疲れていた。それでも、対局が始まるときに一瞬笑顔を見せた。
戦型は相掛かりになった。龍斗は飛車をひねらず、タコ金は現れなかった。
じりじりとした戦いが続く。龍斗はテンポよく指し、太陽は時折時間を使って指した。
ギャラリーが徐々に増える。指導対局を終えた百合草も観戦していた。
太陽の持ち時間が無くなった。秒読みに入る。
龍斗の額に、汗が浮かんでいた。形勢も悪くない。時間も残っている。しかし、心の中で追い詰められているのは彼の方だった。
太陽は、震えていた。全身が、小刻みに動いていた。目元には光るものがあり、頬は緩んでいた。
ちらりとその姿を見た龍斗は、驚いて三秒ほど見つめてしまった。喜んでいた。太陽は、感極まっていたのだ。
龍斗の時間も無くなった。二人とも、秒読みになる。
龍斗の攻めが、太陽を追い詰めていた。しかし太陽も、上部脱出を見せて楽にさせない。
30分ほど、お互いが秒読みの中を戦い抜いた。最後はついに、中断で太陽の玉が捕まえられた。午後四時十分、太陽は、深々と頭を下げた。
「負けました。強かったです」
龍斗は、右手を少し上げて答えた。瞳孔が開き、唇は乾いていた。
「いい将棋だった」
百合草が、二人の肩を叩いた。太陽は見上げて、目を細めた。
「僕、強くなってましたか?」
「ああ、強くなっていた。もっともっと強くなれるよ」
太陽は、歯を見せて笑った。
「でも今日は負けました。犬沢君が強かったです」
あまりに悔しさを見せないので、百合草は真顔で太陽を見つめていた。太陽は、ずっと穏やかな表情をしていた。
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